氷室京介
氷室京介

氷室京介

氷室京介について

伝説のバンド、BOØWYのボーカリストとして世に出た氷室京介。日本のロックの歴史を振り返ったとき、一番手に挙げられるシンガーの一人といえるだろう。どんなに偉大なバンドのフロントにも、どんなに実力のある歌手の中にも、氷室、通称ヒムロックほどの歌を聴かせるロックシンガーは、そうはいない。

氷室が個人としての表現を始めたのは1988年のこと。同年4月にBOØWYが解散した後、その夏にリリースしたソロデビューシングル「ANGEL」は、バンドの影を濃く残したスピード感とメロディを持つ楽曲だった。以降、初アルバム『FLOWERS for ALGERNON』(1988年)をはじめ、数々の秀逸な作品を発表していく。当初は「SUMMER GAME」「KISS ME」「VIRGIN BEAT」といった疾走感のあるシングル曲に個性が顕著に表れていた。その一方で、氷室はミディアム/スロー系のバラードでも実力を見せるようになる。「魂を抱いてくれ」「JEALOUSYを眠らせて」「ダイヤモンド・ダスト」「永遠 - Eternity」といった曲が人気を博し、いくつかはテレビドラマの主題歌になるなど、1990年代はファン層が拡大していく時期となった。中にはBOØWYというバンドについてほとんど知らない新規のリスナーもいたはずで、氷室は活動のベースを順調に広げていった。

1980年代から1990年代にかけてはロックミュージシャンの傾向も様変わりし、バンドブームを経た渋谷系の時代には、まるで普段着のような格好でステージに立つバンドも増えていった。こうしてロックがカジュアルになっていった時代性を思うと、氷室はやはりその前の世代のアーティストなのだろう。彼が音楽と向き合う姿勢からは、一貫してビートのある曲を音楽性の中心に据えながら、いかにロック的な快感を手中にできるかという美学が浮かび上がる。こうしたストイックなまでに理想を極めようとする姿勢もファンに強く支持される要因に違いない。

2014年、氷室は耳の不調を理由にライブ活動を休止する旨を発表する。最後のステージは2016年春、彼にとって初の4大ドーム公演で、各地で大勢のファンに惜しまれながらのライブとなった。なお、この時の公演名『LAST GIGS』は1988年の、BOØWYの解散ライブと同じものだった。時は過ぎ、時代は移り変わっていくが、至高のロックボーカリスト、ヒムロックの存在はファンの心に輝き続けるだろう。

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