In A Landscape

In A Landscape

本作『In A Landscape』には、マックス・リヒターがミニマリズムに対して抱いている深い愛がよく表れている。リヒターは、パートナーのビジュアルアーティスト、ユリア・マールと共同で、オクスフォードシャーの郊外に環境に配慮したスタジオを作った。ここで作曲され、録音されたこのアルバムには、弦楽五重奏、グランドピアノ、ハモンドオルガン、ミニモーグなどによる比較的シンプルな楽器編成のために書かれ、テープディレイ、ボコーダー、リバーブなどのエフェクトを使った19の小品が収録されている。そのうちの9トラックは、リヒターが日常の中でフィールドレコーディングした環境音に楽器の音などを加えた「Life Study」と名付けられた間奏曲であり、このアルバムは、「Life Study I」から「Life Study IX」までが他の10曲の間に挿入される形で構成されている。「タイトルの『In A Landscape』を音で聴くと、二通りに解釈できます。一つは文字通りの“In a Landscape”であり、もう一つは“in-ner landscape(内なる風景)”です」とリヒターは言う。「私がここで探求しているのは、外的なものと内的なもの、電子音と生楽器の音、テクノロジーの世界と自然界といった、ある意味で両極端なものです」 アルバムタイトルは、異端の前衛音楽家ジョン・ケージがエリック・サティにインスパイアされて書いた、ソロハープあるいはソロピアノのための楽曲「In a Landscape(ある風景の中で)」の曲名を拝借したものだ。このようにリヒターは長年にわたって、彼に影響を与えた作曲家たちへのオマージュを捧げてきた。リヒターの音楽には、反復することを特徴とするテリー・ライリーやフィリップ・グラスといったミニマリズムの作曲家たちの手法が用いられ、またそこにはケージが探求した日常の中に響く環境音の美しさもある。バロック音楽からの影響も見受けられ、例えば「And Some Will Fall」のハーモニーにはバッハの影があり、「Late and Soon」はまるでパーセルの吐息のようだ。「Love Song」にはより明確な引用がある。この曲のヴァイオリンの旋律は、バロック期イギリスの作曲家ジョン・エクルズのオペラから直接取られたもので、リヒターによる物悲しいピアノの伴奏によって、よりエモーショナルな響きがもたらされている。そして「Andante」で彼が描き出すのは、シューベルトの音楽が含む光と影だ。「彼の音楽が大好きなので、外すことはできません」とリヒターは言う。 このアルバムには、John Keats、Anne Carson、Peter Redgroveといった詩人たちによるリヒターお気に入りの詩も取り入れられている。例えば「Late and Soon」のタイトルは、ウィリアム・ワーズワースが1802年に書いたソネット(ヨーロッパ伝統の14行詩)「The World Is Too Much With Us」から取られたものだ。その中でワーズワースは、産業革命による物質主義の高まりを嘆き、次のように書いている。“世界はわれわれの手には負えない。所有し、消費し、われわれは遅かれ早かれ持てる力を使い果たす。自然の中にわれわれのものはほとんどない”。「私は“おお、彼はつまりツイッターのことや、私たちの気を散らすようなことについて語っているのだ”と思いました」とリヒターは言う。「ここには詩としての包括的な枠組みはありません。これらの言葉はとっかかりに過ぎないのですが、私はそこにある種の愛情を抱いています。何かを見て、それを好きになるようなものかもしれません。好きになると、それを探求したり、何らかの形で昇華させたりしたくなります。これらの言葉は、この曲に対してそんな役割を果たしているのです」 同様のことが、一連の間奏曲「Life Study」にも言える。ここでは日常生活の中で収録した環境音が、楽曲に対して質感や雰囲気、そして自伝的な物語の断片を加味する役割を担っている。スタジオを取り囲む森林でフィールドレコーディングされた音から、彼が訪れた都市のノイズまで、それらはまるでリヒターの人生を写し取った“音のポラロイド写真”のようだ。「自分の足で歩いて探索するのが大好きなので、自然の中をよく歩きます。ニューヨークのダウンタウン、シドニーやベルリン、パリのどこかの音、さまざまな空港の音、私たちの家の音もあります。誰かが料理をしていたり、人が犬に餌を与えていたり、他にも誰かが何かをしているときにピアノで即興演奏をしている人たちがいたり。そんな家庭の音です」 はかなく、かつアンビエントなこれらの間奏曲は、サティの遊び心にあふれた小品をほうふつさせるものでもある。そして同時に、リヒターが環境音などの録音された素材を使うことを好んできたことを改めて思い出させる。彼はこのような試みを、コソボ紛争に触れた『Memory house』(2002年)や、2003年に起こったイラク戦争に対するプロテストアルバムである『The Blue Notebooks』(2004年)といった、社会的、政治的なメッセージを含む意欲作で行うようになった。あからさまに政治的な主張をしているわけではないが、『In A Landscape』は意見の違いを調整する必要性を認識することから生まれたとリヒターは言う。「私たちは激しく二極化された世界に生きていて、特にネット空間は声高で独善的な言葉にあふれています。意見が違う人とは、もはや話し合ません。ですので、創造性をもって異質な要素を一つのスペースにまとめようとするこの理念は、ある種の政治的なストーリーテリングだと思います。それは美しい物語のようなものなのです」

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