宇多田ヒカル
宇多田ヒカル

宇多田ヒカル

宇多田ヒカルについて

日本の音楽シーンに革新をもたらしたアーティストとして、強い存在感を放つ宇多田ヒカル。1998年、15歳でセンセーショナルなデビューを果たした宇多田は、母である歌手の藤圭子と音楽プロデューサーである父の下、幼少期からニューヨークと東京を行き来する生活を送ってきた。その生い立ちが育んだのは、R&Bやクラブミュージックに由来する現代的なリズムとメロディ、歌詞の新たな関係性だ。美しい愁いを帯びた歌声によって描き出される歌詞世界は、日本語と英語をシームレスに行き来するバイリンガルならではのもの。さらに押韻や比喩、譜割など、歌詞表現の今までにないアプローチによって、高度に洗練された音楽性と大衆性、国際性を共存させ、1999年にリリースしたデビューアルバム『First Love』は、日本の音楽史において屈指のセールスを記録した作品となった。

2000年にリリースされた2つのシングル曲、「Wait & See ~リスク~」ではJimmy Jam and Terry Lewis、「タイム・リミット」ではロドニー・ジャーキンスとタッグを組んだ宇多田は世界進出を図るべく、2004年に『Exodus』、2009年に『ディス・イズ・ザ・ワン』という英語詞のアルバム2作をUtada名義でリリース。ティンバランドやSTARGATEといった世界的なヒットメイカーとコラボレーションを行うなど、国内外を行き来しながら、R&Bの枠組みに収まらない唯一無二の表現へと進化を遂げた。

2010年に一人の人間としての成長のため、音楽活動を一時活動休止し、その間に母親の死や第一子誕生を経験。約8年ぶりにリリースした2016年のアルバム『Fantôme』以降、パーソナルで内省的なものから普遍的な広がりのある作風とへ軸足を移している。ロンドンを拠点に生み出される楽曲の数々は、クリス・デイヴをはじめとする世界的なプレイヤーや、宇多田が初めてアルバムプロデュースを手掛けた小袋成彬、ラッパーのKOHH、ソフィーやチャーリー・エックス・シー・エックスのプロデューサーであるA. G. Cookなど、国内外の第一線で活躍するアーティストが集結。時代を彩る才能たちと共鳴しながら、大衆性と国際性、先鋭性を共存させる宇多田ヒカルの豊かなクリエイティビィティはとどまるところを知らない。

  • 出身地
    New York, NY [Manhattan]
  • 生年月日
    1983年1月19日

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