

ソロアーティスト、そしてロックシンガーである矢沢永吉の第一歩がくっきりと刻まれているのが『I LOVE YOU,OK』だ。若かりし日に放ったこの渾身のソロデビュー作について、彼はApple Musicにこう語る。「あの頃って、もうのるかそるかだから。ここで俺が消えてしまうのか? 将来、何者かになれるのか?」。当時まだ26歳になったばかり。一大決心をして臨んだこのアルバムを回想する語り口は、大ベテランになっても熱い。「もうキャロルは終わったよ。ベースギター、肩から外して、ソロだよ」
ロックンロールバンドとして駆け抜けたキャロルは、この1975年の春をもって解散。ようやく全国的に知られ始めたところで、メンバーたちが申し出た別れだった。その話を受け入れた矢沢は、次の瞬間からソロデビューへと動き始めた。激しく、しかし秘かに。「ソロになった後の行動と、どうしたらいいんだ?ってことしか考えてなかった」。海外でのアルバム録音のプランを進め、現地のプロデューサーともやりとりを始めた。「だから僕はその時…キャロル後は、寝れてなかったと思うね。もう1週間寝てないぐらいの状態で、ずっと考えてました」。日比谷野外音楽堂が炎に包まれたキャロルの解散コンサートの20日後には、ロサンゼルスに向かう機上の人となっていた。
完成したアルバムは、キャロルのイメージを覆すものだった。名門A&Mスタジオでの録音で、ホーンやストリングスが華々しく響く、洗練されたロックサウンドに仕上がっている。ボーカルも実に堂々としているが、そんな中にオールスターズ風味の楽曲があるのも心憎い。「ウィスキー・コーク」に「恋の列車はリバプール発」、「サブウェイ特急」など、矢沢初期の代表曲が満載である。「あのアルバム、『雨のハイウェイ』とか…いっぱいあるじゃない? 名曲だらけですよ! もう面倒くさいから名曲、って言っちゃいますけど(笑)」。作詞には、初期のバックのギタリストとなる相沢行夫(後年、NOBODYで活躍)、フォークシンガーの西岡恭蔵、そして松本隆が参加。そしてタイトルソングにしてソロデビュー曲「アイ・ラヴ・ユー, OK」は上京する前の矢沢が書いた、とっておきのメロウなバラードだ。
今作のような大人の香りを漂わせるロックは当時の世界的な動向でもあり、そこを目指した矢沢の狙いは見事に反映されている。これにはロサンゼルスでの録音がスムーズに進んだことも大きかったようだ。「3日ぐらいでもう全部録り終えたもん。もう一発録りだから、オーバーダブもなし」。もっとも海外での録音も外国人のスタッフとの作業も初めてだけに、現場では自分の意図がどのくらい反映できているのか、把握しきれなかったという。「それ(完成した音源)がいいのか悪いのかも、よく分からない。ただ『グルーヴはいいよな』と思った。それで終わって、そのテープ持って、東京に帰りましたよ」。アルバムの発売は、キャロルの解散からわずか5か月後だった。
ビジュアル的にもバンド時代のリーゼント姿や革ジャンに別れを告げ、カバーアートに掲げた“E.YAZAWA”の文字にはソロアーティストとしての決意が感じられる(そう、あのロゴはこの頃から存在したのだ)。もっともアルバム自体はキャロル時代のファンから高く評価されるには時間がかかり、当初のセールス的には成功とはいえなかった。それでも矢沢はここから段階を経ながら、音楽的に、そして人間的にも大きな成長を遂げていく。半生記を語った著作『成りあがり』を発売し、シングル「時間よ止まれ」で大ブレイクを果たしたのは3年後の1978年のこと。彼はスーパースターへの階段をこの『I LOVE YOU,OK』から駆け上がった。その出発点には、キャロル解散を受けての背水の陣の思いがあったのだ。「お前、消えるのか? 名を残すのか? あの時の(ソロへの転身を決心してからの)1週間、2週間、3週間は、濃かったよ」。以降も続く長い活動歴で、幾度か訪れた決断の時。一人のロックシンガー、矢沢永吉にとって、『I LOVE YOU,OK』は、その情熱を注ぎ込んだ最初のアルバムだった。