矢沢永吉
矢沢永吉

矢沢永吉

矢沢永吉について

彼の歌を聴けば、そのエモーションにハートを熱くさせられ、彼の背中を見れば、その人生に激しく憧れる。矢沢永吉は長きにわたって、そんな類まれなシンガーであり続けている。「YAZAWA」「永ちゃん」の呼称で、思い思いの矢沢像を熱く語るリスナーも多い。

そんな熱狂的な矢沢永吉ファンが日本の各地に出現しはじめたのは、彼がロックンロールバンドのキャロルの解散後、ソロアーティストとしての歩みを始めて数年がたってからだ。シングル「時間よ止まれ」が自身初のチャート1位を記録し、そして半生を語った著書『成りあがり』が出版された1978年のこと。この本には、貧しくて不遇だった少年時代、なかなかチャンスをつかめなかったアマチュア時代、キャロルとしてのデビュー後のこと、そしてソロになっての旅立ち…と、まさにドラマの連続のような人生がつづられている。ビッグになると宣言し、本当に長者番付のトップに立ってしまった矢沢の生きざまは、野太い歌声と、いかにも昭和時代らしいサクセスストーリーとともに、大衆の心に刻みつけられた。

そのため矢沢の歌には、その向こう側に彼自身の人生が映し出されているような構図がある。初期の「黒く塗りつぶせ」では反骨の魂が炎のように燃え上がり、名バラード「YES MY LOVE」では恋を求める男の心模様が歌われている。そしてライブのクライマックスでプレイされる「止まらないHa~Ha」ではロックンローラーとしての像が浮かび上がるのだ。矢沢はパフォーマーとしてもエネルギッシュで、白いスタンドマイクを使ってのマイクターン、曲の盛り上がりに合わせての観客のタオル投げなど、ロックミュージシャンにとってのライブの重要性を体現したシンガーとしても評価されるべきだろう。


先述の『成りあがり』以降も物語はいくつも続いており、例えば一アーティストでありながら音楽をビジネスとして成立させるやり方を研究したこと、念願の海外デビューを果たしたものの思うような成果を残せなかったこと、横領事件によって背負った35億円もの借金を完済した話など、枚挙にいとまがない。そのチャレンジ精神は歳を重ねても衰えておらず、自身のスタジオの設立、レコード会社の立ち上げなど、矢沢は常に先を見据えながら動いている。また創作意欲も継続しており、若手を起用したバックバンドとのライブなど、自分自身を奮い立たせるように活動を続けている。

もっともそれらも簡単に行くものではなく、問題に直面するケースも多いようだが、そうした裏側もインタビューなどで明かし、そのまま笑い飛ばすような豪快さも健在だ。そしてファンはそうした部分まで含めて矢沢にほれ込んでいる。

まさにロックという生きざまを地で行く存在。矢沢に憧れ、矢沢のような野心を持とうと思う者は、音楽以外の分野においても、後を絶たない。

同じタイプのアーティスト