魅惑的な音色、輝くような表現、細部にまで精密に奏でる技術、飽くなき知的探究心。内田光子はこの時代に求められるあらゆる要素を備えたピアニストだ。1948年に静岡県熱海市で生まれた内田はウィーンで教育を受け、ヴィルヘルム・ケンプやステファン・アスケナーゼをはじめとする師匠たちによって、楽曲の構造が求めるテンポの重要性や音符の背後に秘められた魂の探求といった、クラシック音楽の伝統的な美学を教え込まれた。彼女が奏でるモーツァルトとシューベルトは、優雅さと気品、そして広大な音楽の宇宙の中で一つ一つの音が持っている深い意味をつかむ精妙なセンスを感じさせるもので、それらの特質は、彼女が、シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルンらの新ウィーン楽派や、“最愛の友人”だったクルターグ・ジェルジュといった作曲家たちの作品を奏でるときにも存分に生かされている。また、演奏会の数を年間55本程度に抑えている内田は、自身を永遠の学習者と見なしており、中心となるレパートリーを常に見直し、進化させている。この姿勢は、クリーヴランド管弦楽団を弾き振りする形で2010年に開始された、彼女にとって2回目のモーツァルトピアノ曲全曲録音プロジェクトでも貫かれており、そこには前回とは違う温かさやチャーム、そして、気さくに語りかけるような雰囲気がある。