ポール・マッカートニー

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ポール・マッカートニーについて

ビートルマニアに支えられ、ロックンロールがティーンの一時的な流行から、永続的なポップカルチャーのムーブメントへと転換していく中、ポール・マッカートニー(1942年リバプール生まれ)はバンドの急速で劇的な成長の原動力になっていた。わずか2年のうちに、彼はリトル・リチャードへの崇拝が表れた1963年の「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」から、「イエスタデイ」の洗練されたオーケストラバラードへと歩を進め、その変化は辛辣(しんらつ)さを増していく曲作りのパートナー、ジョン・レノンとの対比を際立たせていった。

ビートルズが1960年代後半の実験期に入ると、その間にレノンの前衛的な衝動が表に出るようになった一方で、マッカートニーの伝統主義は独自の改革路線をたどるようになる。バンドのサイケデリックな環境の中で、「エリナー・リグビー」に見られるクラシックや、「ホエン・アイム・シックスティ・フォー」でのイギリスのミュージックホールのセレナーデといったロック以前の音楽様式を取り入れた彼の音楽は、幻覚をもたらすようなテープループやシタールの低い音色を使ったビートルズのサウンドに劣らず現実離れして聞こえたのだった(そして4弦ベースをリズミカルな伴奏からメロディアスな主役のパートへと進化させた、彼の卓越したベースプレイについては言うまでもない)。

ビートルズ後に彼がリリースしたアルバムの数々もまた、同様に不思議な魅力にあふれ、大きな影響力を持っている。1971年のアートフォーク作品『Ram』は未来の宅録世代にローファイな見取り図を与え、マッカートニーが次に始めたバンド、ウイングスの1973年のアルバム『Band On the Run』に収録された「Jet」のアリーナを揺らす轟音(ごうおん)を聴けば、彼がなぜデイヴ・グロールをはじめとするハードロッカーのミューズになったのかが分かる。そして1980年代のマイケル・ジャクソンから2010年代のリアーナやカニエ・ウェストまで、その時代のヒットメイカーとのコラボレーションを継続することによって、彼は音楽の過去と未来の両方につながった貪欲なポップのオールラウンダーであり続けている。

出身地
Liverpool, England