

「今の僕なら自分だけの面白い表現ができるんじゃないかという自信があった」と、野田洋次郎は初のソロ名義でのアルバム『WONDER BOY'S AKUMU CLUB』についてApple Musicに語る。本作の制作を始めた2022年ごろ、彼は自分の中から新しい音楽が生まれてくる感覚を得ていた。「それはRADWIMPSのバンドサウンドとも、僕のソロプロジェクトillionとも違う色合いの音楽でした。すごくプライベートで、等身大の言葉が多かった」。野田はその背景に、ビートメイカーのHOLLYというキーパーソンがいたと明かす。「HOLLYは何年も前から僕のSNSのDMにひたすらビートを送り続けてくれていて、最初は受け流していたんですけど、ある時たまたまDMを開いてちゃんと聴いてみたら、すごく面白いアイデアがいっぱい詰まっていた。そこで、その土俵に乗っかってみようというマインドになりました」。とにかく多作だというHOLLYは1か月に100曲のペースでビートの素材を作り、野田はその中から引かれるものにメロディやアレンジを加えて楽曲を形作っていった。 HOLLYのビートが契機となり、本作では多くの楽曲でヒップホップの手法が用いられた。もともと野田はRADWIMPSでもラップを取り入れた楽曲を発表し、AwichやZORNらラッパーとコラボレーションするなど、これまでもヒップホップとの親和性の高さを示していた。「音に乗せて言葉を紡ぐ者として、言葉の操り方や心の乗っけ方など、ラップという手法にはすごく感化される」と彼は言う。「そして今回は、サウンド面でも真正面からヒップホップに挑戦したいと思っていました。バンドを15年以上続けて自分のスタイルを揺るぎなく持てた今、そのノウハウを生かせば、ただヒップホップを流用しただけではない、新しい表現ができると思った」 野田が「ずっと自分のコアにある」と言うRADWIMPSとは少し違うスタンスで個人的な思いをつづったこのアルバムには、自由な心で音楽に向かう彼の姿が刻まれている。「極めて私小説的なものになった」と語る本作について、ここからは彼にいくつかの楽曲を解説してもらおう。 PAIN KILLER 初めて音楽を鳴らした時のワクワクドキドキした感情を、いかに音を乗せられるかというテーマが、バンドを始めて長い時間が経った今でも僕の中にあります。この曲を作っている時に「そうだよな、僕はこういう感情で音楽を始めたんだよな」という感覚があり、また一つ新しい扉が開いた気がしました。その感覚だけを頼りにアルバム全部ができてしまいそうな多幸感があったので、この曲を1曲目にするのはすごく自然な流れでした。 STRESS ME ヒップホップマインドを自分に下ろし、そこで自分は何ができるのかという挑戦をした曲。ビートをはじめヒップホップ的な要素が強い曲だからこそ、この歌詞が出てきたと思います。戸惑いながらも楽しく作り、完成した時はすごく達成感がありました。 EVERGREEN feat.kZm このアルバムの中では一番古くからあった曲だけど、出口をどうするか迷っていたら2年くらい経っていました。でも色あせることはなかったのでkZmに改めて相談し、今回出せることになりました。kZmの「Radな野田と先いく未来」というバースがめっちゃ好き。 HOLY DAY HOLY HOLLYのビートに強くインスパイアされ、HOLLYのことを意識しつつ作った曲。“HOLIDAY”という言葉の語源を調べたら“HOLY DAY”、つまり“聖なる日”が転じて祝日という言葉になったと知り、そこから“今日だけは何もせず、ただバカな自分に戻ろう”という曲を作りました。 SHEETA 僕が小さい頃に衝撃を受けた人、“シータ”に向けて、30年くらいの時を経て等身大の言葉をかけた曲。僕の人生には常に彼女の存在がどこかにいるような気がする。彼女に影響を受けたのはきっと僕だけじゃなくて、世界中にいると思う。とても空想的でありながら、生身の自分とシータが会話をしているような不思議な感覚をもたらす曲です。 KATATOKI(Yojiro Noda x J.I.D) ゲームのオープニングテーマとして依頼をもらって、「フィーチャリングに迎えたい人はいませんか」と聞かれた時に、何年も前からすごく好きなラッパー、J.I.Dとぜひ一緒にやりたいとリクエストして実現しました。僕がピアノで大元のビートを作って先方に渡したら、J.I.Dと彼のプロデューサーチームがビートをサンプリングしていじって送り返してきたので面白いなと思って。僕がそれに自分のバースを入れ、さらに向こうもバースを入れて返してくれて、実際に会うことなく最後まで作れました。最初、フックの部分は僕も英語で歌っていたけど、J.I.D側が「日本語で入れたほうが面白くない?」と言ってきたので、J.I.Dは英語、僕は日本語とばっきり分けて歌うことにしました。 BITTER BLUES このアルバムの中で最も私小説的な要素が強い曲かな。歌詞は別に言葉にするほどでもないようなこと、だけど自分の本音みたいなものを日記のように書きました。このビートの上だからこそ、すごく素直に言葉を乗せられた。この思いを曲にできてよかったと気に入っています。 PIPE DREAM アルバム制作の終盤、あとどんな要素が必要かなと思っていた時に、HOLLYがビートのアイデアを送ってきてくれました。すごく新しい感じがして、歌寄りのラップを乗っけたら面白くハマりそうだなと思った。なのでアレンジはあえて手を加えすぎず、音を編集する感じで、いわゆるヒップホップな手法を用いてやってみました。 LAST LOVE LETTER 完成した時に、このアルバムを象徴する一曲になったなと思いました。この曲が最後にあることで、すごく幸せな気持ちで終われる気がします。