

タイラー・ザ・クリエイターは2024年10月にリリースしたアルバム『CHROMAKOPIA』で、前作から3年も空いた理由の一つとして、有名人としての露出とプライベートな生活との折り合いをつけようとしていたことを示唆していたように思える。2024年作の最も印象的な楽曲のいくつか、特に鋭く毒気のあるシングル「Noid」でプライバシーを求める声を上げた後、ほぼサプライズリリースしたこの『DON’T TAP THE GLASS』のカバーで、タイラーが1980年代ラッパー風の挑戦的な装いを披露したのは、まさにその姿勢の延長線上にあるといえる。 前作は批評的にも商業的にも高く評価されたフルアルバムであり、告白や反論、ストーリーテリングが色濃く展開されていた。対して今回のアルバム『DON’T TAP THE GLASS』は、その内容が意図的に大きく異なっている。冒頭の「Big Poe (feat. Sk8brd)」に登場するロボット的なコマンドからも明らかなように、タイラーはもはやファンのために自らの心の内をさらけ出すつもりはなく、“ディープな内容”よりも踊れる音楽を優先するという姿勢をはっきりと打ち出している。これまでのWolf HaleyやIGORのような架空のオルターエゴと同様に、タイラーは今回も曲名そのもののキャラクターを演じ、N.E.R.D風のシンセロックの上で、ウィットに富んだ下ネタを次々と繰り出す享楽主義者を体現している。そして中盤の「Stop Playing With Me」でも、低音の効いたトラックに乗せて、挑発的でありながらクセになるようなサウンドとテーマを展開する。 ある意味で、『DON’T TAP THE GLASS』は、ノトーリアス・B.I.G.の「Party and Bullshit」的な精神を現代に呼び戻すものだといえる。故ビギーが1980〜1990年代初頭にきっと好んで聴いていたであろうファンクやダンスミュージックを思わせるサウンドには、懐かしくも心地よいグルーヴが流れている。「Sugar On My Tongue」のビヨビヨしたエレクトロや、「Ring Ring Ring」「Sucka Free」に見られるレトロなR&Bブギーなど、ジャンルへのオマージュを通してタイラーはそのサウンドに身を委ねる。一方で、「Don't You Worry Baby (feat. Madison McFerrin)」のように、彼の辛辣(しんらつ)な声が柔らかな質感に姿を変え、ささやくような語りによって魅惑的なベースとブレイクビーツを静かに導いていくトラックも存在する。 そして、むしろ彼の存在感が希薄になっているように思える「I'll Take Care of You (feat. Yebba)」のような楽曲でも、タイラーはダンスフロアの上空からそのジャムセッションを眺めて悦に入っているかのようだ。たとえ『DON’T TAP THE GLASS』が現実逃避と呼ばれたとしても、クラブで響いているアルバムの楽曲は、最高に気持ちいい。