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鬼才ドナルド・グローヴァー(俳優/ラッパー/シンガー/コメディアン/作家)のエンターテインメント人生の中で、音楽分野の受け皿を担ってきたのがChildish Gambino名義での活動だ。グローヴァーはこの分身を駆使して、自身の強い創作意欲に応えてきた。まずはウィットに富んだオルタナティブラップの野心作『Camp』『Because the Internet』、続いてはPファンクにBLM運動のメッセージを盛り込んで人々の心をつかんだ『"Awaken, My Love!”』。さらには、高い評価を得たテレビドラマ『アトランタ』のような奥深い独自性あふれる映像作品を制作(主演/原作などを担当)する傍らで、「Redbone」「This Is America」など数々のヒット曲をビルボードチャートに送り込んでいる。そんなアーティストが、同世代において彼以外にいるだろうか。もしいたとしてもごくわずかだ。しかし何事にも限界がある。「他人に振り回されるのはもうやめようと思って」とグローヴァーはApple MusicのZane Loweに語る。「やることがいっぱいなんだ。子どもたちのお迎えもあるし、朝にはチアシードプリンを作って食べさせなきゃならないし」 ファンは一抹の寂しさを覚えるが、グローヴァーはこの『Bando Stone and The New World』をChildish Gambino名義のラストアルバムにすることを宣言している。1時間にわたる本作品は、同名長編映画のサウンドトラック仕立てという触れ込みで、黙示録的な映画のテーマを匂わせる会話の断片も収録されている。映画に先駆けてサウンドトラックをリリースしたのは、リスナーにどんな場面か想像してもらいたいというグローヴァーの狙いだ。「この作品は強制的にリスナーを巻き込んでいく。他のサウンドトラックだとこうはいかない」と彼は言う。「リスナーは想像力を働かせなければならない。すでに『この曲は映像が浮かんでくる』とか、『きっとあんなシーンに違いない』…『これはエンドロールっぽいな』という感想を耳にする。多くのサウンドトラックがつまらないのはリスナーを巻き込んでいないから。その昔、芸術作品は観客をある程度引きつけて、作品について考えさせたものだ。『可もなく不可もない』なんて言わせないよ」。映画の映像の助けを借りずとも、収録された17曲は今までたどって来た足跡に、締めくくりを飾る斬新なアイデアを見事に融合させた、最後の幕引きとして満足のいく出来栄えだ。 にぎやかでインダストリアルなダンスホールナンバー「H3@RT$ W3RE M3@NT T0 F7¥」に始まって、エッジの効いたポストEDMソング「A Place Where Love Goes」まで、グローヴァーは時代の風潮をベースに独自の物語を紡ぎ出す。そうした手法で複数のスタイルを組み合わせつつも、不思議と一貫性のある音楽ストーリーに仕上がったアルバムは多様性に富み、異彩を放っている。「Lithonia」は高らかに響くギターとドラマチックな鍵盤の音色でさまざまな側面を浮かび上がらせる。ひたすらセンチメンタルな「Real Love」は繊細な高音のシンセサイザーに時折さわやかな風が吹き込むような開放感に満ちている。また、「Talk My Shit」はひねりの効いたパンチラインを織り込んだラップで、アンチな人々を諭す。そうしたエネルギーはノリのいいパワーポップの「Running Around」にも流れている。グローヴァーにしてみれば、こうしたスタイリッシュな折衷主義こそが日常生活を忠実に描く手法なのだ。「その時の気分や出かける場所によって、聴く音楽もSadeだったりナイン・インチ・ネイルズだったりするだろ」と彼は語る。「音楽はいろんなことを与えてくれる。与えられるものが多ければ多いほど、人生とか、僕らが生きる現在の全体像がはっきり見えてくる」 アルバムには当然ながらグローヴァーの私生活も織り込まれている。特に感動的なのが、息子のレジェンド君と穏やかなデュエットを聴かせるメロウな「Can You Feel Me」だ。この特別ゲストに加え、Flo Milli、Fousheé、Yeatなど、ヒップホップやR&B界を中心とした著名アーティストも多数参加している。中でもYeatに至っては、グローヴァーも「とても感銘を受けた」そうだ。ひときわ異彩を放つ「In The Night」ではAmaaraeやジョルジャ・スミスを迎えて、奥深い愛のメッセージが語られる。結局のところグローヴァーは、多少意味深なところがあるにせよ、自らの人生における一つの時期を自分なりに締めくくったと考えている。「『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』の最終回を観ながら、とても満足したのを覚えている。そうは思わなかった人もいるだろうけど、自分はドラマを観ながら『ああ、自分もこんなエンディングでみんなを満足させられるものを作らなきゃ』と思ったんだ」