バスバリトンの世界

バスバリトンの世界

オペラ作曲家が、バスの低音と、持続力、敏しょう性、そしてバリトンの音域を兼ね備えた歌手を求めているときに起用するのがバスバリトンだ。音域と同様に重要なのがその音色であり、バスバリトンは、深いバスのような漆黒の色合いともバリトンのような堅さとも違う、豊かな声質を持っている。もしオペラの登場人物がストレートな悪役や道化役ではなく、多くのことを語るキャラクターであるならば、それをバスバリトンが担当する可能性が高い。 モーツァルトの『フィガロの結婚』における真面目かつウィットに富んだ主人公をはじめ、ビゼーの『カルメン』でカルメンを魅了する闘牛士エスカミーリョ、そして根っからの悪役ではあるが頭はいいプッチーニの『トスカ』におけるスカルピアを演じるのもバスバリトンだ。また19世紀後半のイギリスで人気を博した喜歌劇作家と作曲家のコンビGilbert & Sullivanは、最も滑稽なキャラクターをバスバリトンに演じさせた。そしてバスバリトンが演じる最高峰の役は、『ニーベルングの指環』の悩める神、ヴォータンや、『ニュルンベルクのマイスタージンガー』におけるハンス・ザックスといった、ワーグナーのオペラに登場する、複雑で道徳的な葛藤を抱えるキャラクターである。多量のスタミナと深い心理的洞察力を要求されるバスバリトンのための偉大な役は、テノールやソプラノのような外面的な華やかさは持っていないかもしれないが、実はその頭脳と心臓部を彼らが担っているオペラ作品は、少なからず存在している。