長渕 剛
長渕 剛

長渕 剛

長渕 剛について

魂の歌い手が叫ぶ、人生の喜怒哀楽。長渕剛の音楽からエネルギーをもらったことがある人ならば、この形容を少しも大げさではないと頷くだろう。

長渕の歌に登場する人々は、決してかっこ良くはない。むしろ、どちらかといえば不器用でどこか不格好であり、悲しみに暮れていたり、何かに押しつぶされそうだったりと、苦難に直面していることが多い。例えば代表曲として知られる「とんぼ」(1988年)の主人公は自分自身の幸せを求めているし、「ろくなもんじゃねえ」(1987年)は内面に吹きだまった葛藤を吐き出している。だが、そこで長渕の歌声は、それでも生きていこう、なんとか前を向いていこうと、聴く者を鼓舞しているように感じられる。しわがれ気味の、あの武骨な歌声で。そのストレートな感情表現こそが、聴き手の心を解放してくれるのだ。

そんな長渕も1970年代後半にデビューしてからしばらくは、やや線の細いフォークシンガーというイメージがあった。この時期は「巡恋歌」(1978年)や「順子」(1980年)のように、叶わぬ恋心を歌い、揺れ動く繊細な思いを表現していた。この時期には、卒業式などで歌われることが多い名曲「乾杯」(1980年)も書かれている。そもそも長渕はヤマハが主催していた音楽コンテストの出身で、一時期は吉田拓郎の後輩のような存在として見られていただけに、当初の作風にも納得がいく。

1980年代に入って大きな人気を手にした長渕は、徐々に変化と成長を遂げ、いつしかその音楽も、さらには風貌も、すっかりたくましさを伴ったアーティストとなっていった。その姿はファンたちから熱い支持を集め、2004年には生まれ故郷の鹿児島の桜島で、そして2015年には静岡の富士山麓で、いずれも大観衆とともに壮絶なオールナイトコンサートを成功させている。

このたくましい成長の背景の一つには、幼少時代の長渕は病院通いが続くほど身体が弱かったという生い立ちがある。九州男児の像が求められる土地柄もあり、彼はずっと「強くなりたい」という思いを抱えていた。だから歌の根底には、強くなりたい、強く生きたいという願いがいつも宿っていた。そして長渕は、自分自身が強くなるために、己の弱さ、苦しみ、自分自身のどうしようもなさに真正面から向き合い、それを歌ってきた。だから彼の歌はどれも正直さに満ち、何かで飾るようなことをしていない。決してスマートな表現ではないかもしれないが、だからこそそれは共鳴する者の心を強くつかんで離さないものになる。素直な愛情をつづったラブソング「しあわせになろうよ」(2003年)、亡くなった父親に会いたいと願う「鶴になった父ちゃん」(2007年)などの名曲にも、このアーティストの赤裸々な人間味が色濃く表れている。

人生とは往々にしてうまくいかないもので、失敗することも多いが、そのたびに悲しみや切なさに襲われてしまう。それでもなんとか踏ん張って生きていくことにこそ、人間が生まれてきた意味がある。心の内を包み隠さず歌いきる長渕の楽曲たちには、それでも生きようとする人間の強さと素晴らしさがあふれている。

  • 出身地
    Kagoshima, Japan
  • 生年月日
    1956年9月7日

同じタイプのアーティスト