

「前作『Secure』では恋愛に対して不安定になる自分の心情を描きましたが、今作ではそれをさらに広げ、生活や旅の記憶、恋愛を通して自分の内面を整理し、癒やしていく作品にしました」。京都出身のラッパー、Daichi Yamamotoは2024年のEP『Secure』をアルバムへと発展させた『Secure +』についてApple Musicに語る。EP収録の「なんとかなるさ」「夜中の爪 (feat. Elle Teresa)」「No more (feat. 鈴木真海子)」に加え、新たに制作された7曲には客演にBenjazzy、STUTS、MFS、プロデューサーにdhrma、DJ MAYAKU、STUTS、KM、QUNIMUNE、4LONを起用している。 代表曲「Let It Be」を生み出したQUNIMUNEとのタッグによる「Orange Juice」や「Central Line (feat. MFS)」が象徴するように、ガレージやジャングルといったUKサウンドをいち早く取り入れてきたビート選びの多様性と先進性、日常の具体的な出来事から導き出されるリリックの内省性が一体となり、現代のストリートアートに昇華されている。「ジャケットの写真は自分の背中にさまざまなトーンを塗り重ね、自分に合うカラーを探している姿を表現しています。その試行錯誤が糧になり自分の一部になっていくイメージです。本作を携えたツアーは『Tidy Up Tour』と題し、心の整頓と音楽体験を重ねています」。彼が制作を通して心を整えたこの音楽は、聴き手にも安らぎをもたらす10曲となった。ここからは彼自身に全曲の解説をしてもらおう。 Orange Juice 2023年、QUNIMUNEさんとロンドン滞在中に生まれたデモから発展させた楽曲です。長い間寝かせていましたが、久しぶりに聴き返した当時、感情的になって口にしなければよかったことや、巻き戻せない関係について考えていました。それが自然に歌詞としてスラスラ出てきたので改めて録音し直し、QUNIMUNEさんに送りました。そこからさまざまなアレンジを試し、今の形になりました。ライブでコーラスが入ることを想定して声を重ねた記憶があります。QUNIMUNEさんとは何曲も共作しているので、信頼の上で成り立つ意見交換が心地よく、毎回ユニークなアレンジに驚かされては刺激を受けています。 MMS&I dhrmaと久しぶりに「一緒に曲を作ろう」と、まずは食事に出かけました。その時に二人ともニンニクを食べすぎて腹を壊したのも、いい思い出です。そんな経緯もあって、2バース目に登場する 「Dhrma お久しぶりです」というリリックは自然に出てきました。この曲はもともと外に向かって 「お前はなんなん」と問いかける内容でしたが、『Secure +』全体のコンセプトを考えると、矢印が自分の内側に向かう方がふさわしいと感じ、歌詞を書き直しました。自分を安定させる=Secureするためには、味方であるべき自分が、実は一番自分自身に対してネガティブな言葉を投げかけているのではないかと思い生まれた曲です。また、1バース目の 「予定より遅く起きて」 に続く歌詞があったのですが、聴くたびに気分が萎えてしまったので最終的にミックス直前で削除し、あえて空白を残すことにしました。 O2 (feat. Benjazzy) DJ MAYAKUさんのトラックはアバンギャルドと言っていいのか、スリリングで楽しいです。今回は「No More」とこの曲をご一緒させていただきました。自分が少し燃え尽き症候群のようになっていた時期に書いた記憶があります。もう曲が書けなくなるのではないかというストレスや不安を歌詞に込めました。そして、Benjazzy君とはいつかご一緒したいとずっと思っていたので、このタイミングでお願いしました。送る前に「いや、このへなちょこラップじゃ失礼だ」と思い、再考して送りました。そしたらとんでもないバースが返ってきて、リリックも“火”というモチーフをさまざまな角度から表現していて、本当に素晴らしくて、学びが多かったです。リリシストですね。そこにMAYAKUさんのアレンジが加わって、バンガーに仕上がったと思います。 いい感じ (feat. STUTS) 2024年にSTUTSさんと一緒に過ごしたアメリカ滞在の思い出を曲にしました。ロサンゼルスとテキサスに滞在したのですが、移動が果てしなくて腰と肩が爆発するんじゃないかと思ってたら、全然むしろいい感じで、肉ばっか食べてるから体壊すと思ってたら、逆にいい感じで、タコスもビールもうまいし「曲にするしかない!」と思って帰国後に歌詞を書きました。同じ部屋に泊まってお酒を飲みながら、色んな悩みを共有して砂漠で星空と朝日を見たり、車でメキシコのラジオを聴いたり色んな思い出があったので、どこを歌詞にするか悩みました。誰か客演を呼びたいと思った時、このテーマだったらもう本人しかいないと思いSTUTSさんにラップもミックスも手掛けていただきました。思い出の一曲です。 夜中の爪 (feat. Elle Teresa) 夜中に爪を切っていた時に「これって縁起悪いんだっけ?」と思い、そこから当時の恋人から返事がないことにソワソワして、不安定になりながらも爪を切る自分に気づきました。結局、縁起が悪くても爪を切ったりして気を紛らわせていたい、そんな感覚を歌詞にしました。4LONからいくつかトラックをもらっていてこのノイズっぽいトラックに対してメロディを入れたら面白そうだなと思ってサビを歌いました。歌詞を入れ終わった時、間奏部分に自分でめちゃくちゃなトランペットソロを入れて、「なんか違うよな〜」と4LONとやりとりしていく中で客演を呼びたいと思い、Elle Teresaさんにオファーさせていただきました。日頃から聴いていてファンだったので一緒にできてうれしかったです。 1999 KMさんと「ビートチェンジする曲を作りたいですね」と相談していて、このトラックを頂きました。最終の歌詞になるまでかなり苦労した記憶があります。サビも何回も変えてテーマが定まらなかったです。「1999」というフレーズだけは浮かんでいて歌詞に迷ってる時、陰謀論?的な地球滅亡の話題を耳にして、ふと「ノストラダムスの予言が流行った頃もこんな空気だったな」と思い出し、明日世界が終わるとしても隣にいたい居心地の良い人を思って書きました。世界が終わろうが終わらなかろうが世間のノイズを全部BGMにしよう、そんな世界観でした。 Central Line (feat. MFS) QUNIMUNEさんとロンドン旅行に行った後に、このトラックを聴かせていただいて、速攻で旅の思い出を曲にしました。この曲も「Orange Juice」も何曲も一緒に制作していく中で二人のサウンドに近づいてる気がしてお互いに満足しています。「Orange Juice」と同様に、ジャンル感も徐々に形容しにくくなってきていて、それもうれしい変化です。実際のロンドンの地下鉄の音声が冒頭に入っていて、とても気に入ってます。また、MFSさんがロンドンに行くと聞いていたので、「帰ってきたらこの曲に旅の思い出バースを蹴ってもらえませんか?」とお願いしたところ、快く引き受けてくださり、素敵なバースを返していただきました。 なんとかなるさ テーマ的に『Secure +』の中でも重要になっているのがこの曲です。KMさんと「みんなを鼓舞できる曲を作りたい」と話していたことから、自然と「なんとかなるさ」というフレーズが出てきました。街の喧騒を少しネガティブに感じることが多いのですが、海外から羽田に戻る際、窓から東京の光を見て、「おー、帰ってきた!」と安心した記憶があって「君が帰れるよう 街に光灯して」という歌詞を書きました。録音後に有坂美香さんにコーラスワークをお願いしたことで、さらに曲の感情が仕上がった気がします。KMさんのトラックはラップを自然に導いてくれる表情があり、書きやすいです。 No More (feat. 鈴木真海子) 一番早く書けた曲です。その時の感情を素直に吐露して客演の真海子さんに「こういう頼りない目線で歌ってるから、逆に何言ってるんだ?くらいのテンションで返して」とお願いしたらバッチリなバースを返してくれました。別視点が入ることで曲に豊かさが出たと思います。この曲のアウトロが特に気に入っていて、DJ MAYAKUさんがこの長い余韻のアウトロにしてくれて痺れました。配信で聴くことがメインになってる中で、こういう攻めたアレンジをヒップホップに取り入れてくれるのはぶち上がります。 メルセデス サビは自分がメルセデスに乗ってるのではなく、俯瞰して街を見ているイメージでした。歌詞を載せて返したら4LONがそのイメージを説明してなくても、くみ取ってくれてたのがうれしかったです。この曲は何度もバースを書き直しました。あるタイミングでフリースタイルで録音してみたところ、スラスラ歌詞が出てはトラックに座っていく感じがして、それを最終系にしました。この曲もアウトロが大好きで、4LONのピアノのメロディを聴いた時に絶対最後の曲だと確信しました。最初この曲は自分の別曲のリミックス用ビートだったのですが、それがヤバすぎてぜひこのトラックで書かせてほしいとお願いして制作に進みました。