「一つの音響を発する一つの身体という一元的なつながりをかく乱し、ぼやかすことが最終目標でした」と、長谷川白紙はセカンドアルバム『魔法学校』についてApple Musicに語る。それはどういうことなのか、もう少し詳しく説明してもらおう。「何かの音を聴いて、それを発した人の身体を想像するというプロセスはあまり意識されていないけれど、とても大きいことのように私には思えるんです。例えば電話を受けた時、相手の容姿や体勢などを声から想像して加工するようなことは誰もがやっている。ならば、その加工のプロセスにどうにかしてアプローチできないかと思って制作を始めました」。そのかつてない試みの糸口となったのが、“声”であり、花譜に楽曲提供した「蕾に雷」をセルフカバーする時に大きな気付きがあったと長谷川は言う。「もともと花譜さんの音域に合わせた仮歌を私が歌っていたのですが、それは私にとって高過ぎるキーだった。そこで私に合うキーにピッチシフト(再生速度を保ったまま音程を変更)したところ、声が遅回しのような質感になったんです。その質感を真似して私が歌ってみたところ、声から受ける印象がどんどんぼやかされていった。これがこのアルバムにおいてすごく重要な技術になりました」。ピッチシフトから着想した独特なボーカルスタイルは、“一つの音響を発する一つの身体”という枠組みをあいまいにし、歌や歌い手の概念をも押し広げていった。 音を細部にわたり分解、解析、加工し、再構築して生まれる長谷川白紙の音楽。その斬新なアレンジ術は人々を魅了してやまないが、そもそも長谷川は「アレンジメントと思ってやっている作業は、実は一つもない」と語る。「作曲/編曲という概念自体が現代においては限定的なもので、それらは往還するもののように思えるんです。もちろん元となるコードやメロディはあるのですが、どんな楽器を使うか、電子的な変調を加えるか、ミキシングはどうするかというアイデア自体が作曲に組み込まれることもある。なので作曲と編曲は連続的なものであり、グラデーションがかっているように感じます」。音楽はどのように作られ、どのように響き、どのように人に伝わり、その人の中でどのように受け止められるのか。このアルバムはその一つ一つのプロセスを改めて問いかけ、リスナーに思索を促す。Apple Musicでは本作をドルビーアトモスによる空間オーディオで配信し、それもまた長谷川にとっては興味深い試みとなった。「2ミックスでまとまり、ある種少し濁った印象だった私の身体が、空間オーディオではかなり分離されたように感じる部分が多くて、とても面白いと感じました。ミックスの方法によって、どんな身体が想像できるかというイメージの可能性が変わるのであれば、既存の音楽もまた別の展開が考えられるかもしれない。私はそこに未来の大きな希望を感じます」。緻密なデザインにより音楽の本質に迫る本作について、ここからはいくつかの楽曲を長谷川に解説してもらおう。 行つてしまつた 思い返すとゲストのKID FRESINOさんとは、ほとんど会話をしていないかもしれません。こんなふうにやってほしいと指定した記憶もなく、私が曲を作って「ラップを入れてください」とお願いし、後日FRESINOさんから音声データが届きました。それを聴いたらびっくりするほど素晴らしいもので、FRESINOさんから「これだよ」と言われたように感じました。 口の花火 私は低音の知識が浅いため、ベース音を決めるのが結構苦手で、どんなにこねくりまわしても自分の思うサウンドにたどり着けないことがあるんです。そういうときにはベーシストを呼びたいと思います。この曲には私がずっとファンだったジャズベーシストのサム・ウィルクスが参加してくれました。 恐怖の星 挾間美帆さんが編曲を手掛け、見事としか言いようがない手腕を発揮してくださいました。コードとメロディができ始めた頃、この曲のエネルギーをもっと押し上げてくれる人は誰かと考えたところ、私の中では挾間さんしかいなかった。ホーンセクションのアレンジメントは私の草案もあり、そこから挾間さんが採用してくださった箇所もあるので、2人の書いたパートが入り乱れているような、かなり面白いアレンジメントになっています。サックスのソロもすごくハマってると思うのですが、1回聴いただけではどこを指してサックスソロと言ってるのか分からない感じもあり、本当に挾間さんの力で横断的な曲になっているなと感じます。 ねんねこころみ 禁物 EP『夢の骨が襲いかかる!』で弾き語り曲をzAkさんにミックスしていただいた時から、zAkさんは私の弾き語りのテクスチャーを押し上げてくれる方だと分かっていました。だからこの2曲のミックスはzAkさんにお願いする以外考えられなかった。よくよく考えると、曲によって異なるエンジニアさんにお願いして、テクスチャーの雰囲気自体を変えてしまうのは、私らしいスタイルと言えるのかもしれません。 ボーイズ・テクスチャー ギターの西田修大さんと一緒にスタジオで曲全体を通して録っていたんですけど、お互い「なんか違うね」という感じになり、試しに西田さんに1回クリックだけを聴いてもらってループの素材を録らせてもらったところ、うまくハマりました。西田さんにしか作れないギターループのサンプルを使っているようなぜいたくさがあります。 外 音から想像される身体をいかにぼやかしていけるか、というのが本作の目指したゴールでしたが、この曲は、想像された身体に対する否認の様式がほしくて作りました。私と聴視者の間で共同作業的に作り上げてきたイメージ上の身体が、全部間違っていたかもしれないし、全部合っていたかもしれない。その加工のプロセス自体を問う楽曲がラストにないとアルバム全体が成立しないと思っていたので、この曲がその役割を担っています。
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