心音

心音

「生身の人間、生身のゆずとして表現しました」。ゆずの北川悠仁は、19作目のアルバム『心音』についてApple Musicに語る。今回2人は、キャリア初となる“全曲新曲”のアルバム制作に挑んだ。2027年に迎えるデビュー30周年を前に、一度原点に立ち返ろうとしていたところ、北川が命のリズムを刻む「心音」を書いたことがそのきっかけとなった。「既存の曲ではない、今感じている衝動や痛み、叫び、願いなどをギュッと凝縮した、よりコンセプチュアルな作品にしたいというアイデアが湧いてきた。それを提案したら、サブリーダー(岩沢厚治)もスタッフも『すごく面白い』と賛同してくれました」。近年のゆずは、現代芸術家とのコラボレーションや大型タイアップなど、規模の大きいプロジェクトが続いていた。けれど今回は「背負ったものをいったん降ろした感覚があった」と北川は振り返り、「もはや僕らは、僕らだけの“ゆず道”を進んでいる。その領域にいるんだと感じました」と岩沢も手応えを口にする。 今作にはどこか痛みを帯びた感覚が通底していると北川は明かす。「人は必ず年を取り、いつかは死ぬ。出会いがあれば、別れもある。最後は必ずゼロになるという事実はあるけれど、だからこそ、どう生きるかが大事なんだという思いが全曲に息づいています」。生きている限り鳴り続ける心音を感じ、楽曲にした2人。「これが今のゆずです」と岩沢が力強く掲げる今作について、ここからは2人に全曲の解説をしてもらおう。 翠光 北川:2025年のコンサート後にメディカルチェックを受けた時、心電図モニターのピピッという動きを見て、「これを美しく表現したらどうなるんだろう」と思ったのが始まりでした。緑の点滅を示す“翠光”(すいこう)という言葉が浮かび、自分の中に静かに風が流れるような不思議な時間を音にしました。病院を出ると世界が急に変わって見えて、逃げたいような、走り出したいような感情になることがよくある。その“走りの音”として、あの電子音を使っています。 心音 北川:メディカルチェックをきっかけに心臓のことを調べていたら、その循環の仕組みが「なんかゆずっぽい」と感じました。右心房、右心室と、左心房、左心室の働きが、僕らが音楽を作る感覚にすごく似ている。心臓と向き合うことは、生きることと向き合うことでもあり、自分の意志とは関係なく命が動いてくれている状況を改めて見つめた時、「心音」というモチーフが自然と湧いてきました。 幾重 北川:仙台の放送局から東日本大震災の伝承ソングを作ってほしいというお話をいただいて、僕らも微力ながら東北での活動に参加してきたので、本当にありがたいと思いました。番組を通して、現地の方に今の状況を伺って感じたのは、15年の間にみんなの人生がそれぞれ大きく変わっているということ。ずっとそこにいて思いを伝えている人、別の場所で生活している人、また戻りたいと思っている人、忘れたい人…本当にさまざまな形がある。それをどう一つの歌にするのか、すごく悩みました。そして、東北出身ではない僕らがこの役目をいただいたからには、多くの人に思いが届く曲にしなければ意味がないと考えました。人それぞれの歴史を踏まえた曲にするのは本当に難しくて、タイトルの通り、歌詞もメロディも幾重にも書き直して、やっとこの形にたどり着きました。 手のなる方へ 北川:アルバムのコンセプトを考える段階からアリーナツアーは弾き語りにすると決めていたので、アコースティックギターがしっかり響くサウンドを意識していました。この曲もアコギを中心に、ライブでみんなと楽しい時間をグルーヴするイメージで作りました。 出発前 岩沢:旅立つ時の感情をシンプルに表現した曲です。ギターだけでもよかったけど、オルガンの“一筆書き”が欲しくなり、『寺沢勘太郎一家』ツアーに参加してくれたキーボーディストのDr.kyOnさんと一緒にセッションしながら作りました。旅って、ただ行って帰るだけじゃなくて、「また来るよ」みたいな気持ちも含めて、魅力があるんだと思います。 日替わり定食 北川:アルバムの中でさりげない立ち位置の曲を作りたいという思いがありました。自分の中にある“ポップスのかたち”は、泣き笑いなんです。明るい曲なのにふと涙がこぼれたり、悲しい曲なのに前を向けたり、自分の曲でいうと「サヨナラバス」みたいな、なんとなくの情景や人物像が自然と浮かんでくるような曲。やっぱり自分は、そういう曲を書くのが好きなんだと思います。 ま、いっか 岩沢:僕はよく先輩たちに「岩沢くんって、“ま、いっか”精神がすごいよね」って言われる。「いいよね、憧れるわ」と言われても自分では全然自覚がなくて、「え、俺そんなこと言ってます?」って感じなんですけど(笑)。どうも口癖みたいで、よく指摘されるので、歌にしてみました。 逆光 北川:今回のアルバムには“光”という言葉が何度も出てきますが、この曲で描いたのは“ごまかす光”です。光は角度によって何かを隠すこともできる。そのずるさも描いてこそ、生身のゆずになると思いました。歌詞に出てくる「赤陽の版画」はすごく好きな作品で、街をえぐり出しているように感じる。それがメディカルチェック後に病院を出た時の景色と重なって、「ああ、今自分が感じている気持ちは、あの作品が表したものと同じじゃないかな」と思ったんです。 消しゴム 北川:実はこの曲、アルバムから外そうかなと考えていました。「逆光」で終わってもいいんじゃないかとスタッフに伝えたら、「この曲がなきゃ絶対ダメです」と言ってもらって、「あ、そうか」と気付かされました。確かにこの曲があってこそ、全部がつながってくる。確かな光や、かすかな光、自分を隠す光…いろんな光を感じながら生きていく感覚を、この曲が集約してくれた気がします。アルバムの中でも大切な曲になりました。