The Wanderer

The Wanderer

"チョ・ソンジンの5作目となるアルバムのタイトル『The Wanderer(さすらい人)』は、冒頭に収録されたシューベルトによる歴史的難曲『幻想曲 ハ長調 Op. 15, D. 760』の通称である『《さすらい人》 幻想曲』からとられたものだが、それはまるで彼のピアニストとしての歩みを表しているかのようでもある。1994年ソウル生まれのチョは、2012年以降は母国を離れてパリやベルリンに住み、2015年に韓国人として初めてショパン国際ピアノコンクールを制して一躍大きな注目を集める存在となってからは、ニューヨークのカーネギー・ホールやロサンゼルスのウォルト・ディズニー・コンサートホールを含む世界各地の名立たるコンサート会場を演奏旅行で渡り歩いてきた。そんな彼の研ぎ澄まされたパフォーマンスを存分に堪能できる本作『The Wanderer』は、チョにとって初めて2人以上の作曲家の作品を一緒に収録したアルバムとなっている。彼はApple Musicに対して「私はずっと複数の作曲家の楽曲で1つのアルバムを作りたいと思っていたんだけど、必然性のあるコンセプトを見つけるのは容易ではなかった」と語る。「単一の作曲家による作品でアルバムをまとめれば、その作曲家の個性をつかみやすくなる。一方、このアルバムに作品を収録したシューベルトとベルク、リストは、明らかにかなり異なるキャラクターを持った作曲家たちだ」。チョはApple Musicのインタビューに対しこの難題とどう向き合ったのかを説明し、それぞれの楽曲について丁寧に分析してくれた。 シューベルト『Fantasy in C Major, Op. 15, D. 760 "Wandere"』 『《さすらい人》 幻想曲』はシューベルト本人ですら弾くのが難しく、自ら「こんなものは悪魔にでも弾かせておけ」と吐き捨てたと伝えられるほど、非常に高度な演奏技術を求められる作品だ。第2楽章はシューベルトが1816年に書いた歌曲『さすらい人』の主題を用いている。まるで暗闇からやってきて希望と幸福を求めるさすらい人の姿をイメージさせる。一方、第4楽章は自信と活力をみなぎらせ、第1楽章は、その第2楽章と第4楽章の間を行くような雰囲気を持ち、力強く堂々としていながら中間部では非常に内省的な一面をのぞかせる。そしてワルツ風の4分の3拍子で奏でられる第3楽章は、ウィンナワルツの原型はこんな感じだったのかもしれない、と思わせる。全体としての『《さすらい人》 幻想曲』は楽章ごとの切れ目があいまいで、単一楽章にも聴こえるような自由な様式をもっている。シューベルトが試みた革新的なアイデアにあふれている作品だね。 ベルク『Piano Sonata, Op. 1』 これはアルバン・ベルクが初めて作曲したもの。彼はこの作品を書いた時、20代の半ばだった。私は今25歳だけど、ベルクの楽曲と向き合うと本当に謙虚な気持ちになるのを感じる。この作品は本作に収録したシューベルトやリストの作品と同じようにソナタ形式をとっているけど、いわゆる“発展的変奏”の原理に基づいている点で他の2作とは異なっている。調性はあいまいで不安定に聴こえるけど、実はロ短調なんだ。一方、このアルバムに収録した3つの作品に共通しているのは、少数の限られたモチーフのみを使って革新的な試みをしている点。例えばシューベルトの『《さすらい人》 幻想曲』の第1楽章は独特のリズムでスタートして、そのリズムは最終楽章までの要所要所に登場する。ベルクもまたリズムのバリエーションを生かすことや、少ないモチーフをもとにしながらもボリュームたっぷりで説得力のある楽曲を生み出すことに長けている。この『Piano Sonata, Op. 1』は複雑に入り組み、陰影に富んだ作品で、時折聴こえてくるロマンティックで穏やかな響きや対位法的な局面とともに、幽玄の世界を展開する。またこの作品はあたかも何人もの作曲家が関わっているかのように、さまざまな感覚を呼び起こすんだ。バッハのように感じられるところもあれば、ワーグナーを思わせる部分もある。さらにベルクの先生であるシェーンベルクからの大きな影響も感じ取ることができると思うけど、それと同時にベルク自身の個性もまたしっかりと輝きを見せているよね。 リスト『Piano Sonata in B Minor, S. 178』 リストの『Piano Sonata in B Minor, S. 178』はおよそ30分間に及ぶ作品。リサイタルで初めて弾いたのは9年前なんだけど、今ではコンポジションに対する感じ方が全く違っている。当時私が演奏した中で1つの作品として最も長いものだったと思う。ムソルグスキーの『展覧会の絵』も演奏したが、リストのソナタの方により叙事詩的な壮大さを感じ、とても興奮して演奏したのを覚えているよ。これはクラシック音楽の数あるピアノ曲の中でも最も偉大な深遠さを誇る楽曲の一つといえるだろうね。複雑で多様なメッセージを統合した作品であり、リスト自身はコメントしていないけど、ゲーテの『ファウスト』のメフィストフェレスを思わせる部分もあるし、またある人物の1日のみを切り取るのではなく、全人生を語る伝記のように感じられるところもある。リストは驚くほど素晴らしい楽曲を多く書き、超絶技巧のピアニストとしても大きな尊敬を集めたが、このピアノソナタでは実に静かな演奏で幕を閉じている。私はこの作品のエンディングを弾く度にメメントモリ(「いつか必ず死ぬことを忘れるな」というラテン語の警句)を叩きつけられたかのような気持ちになるんだ。私はまだ25歳だけど、この曲はいつもリスナーに「生と死とは何か」ということを考えさせるドラマティックな作品だと思う。"

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