J-ヒップホップ:20曲のストーリー

グローバルなコラボレーションからアニメのテーマ曲まで、日本のヒップホップが世界中で注目されている。時代を代表する新たな名曲から独自のスタイルを追い求める新進気鋭のアーティストたちまで、現行のJ-ヒップホップの魅力を20曲で紹介する。

グローバル・フェノメノン

ここ数年、史上最高の盛り上がりを見せている日本のヒップホップシーン。それでもなお、言語の壁がラッパーたちの世界進出を妨げていると思われてきた。逆説的にその言葉を裏付けるように、これまでの日本のヒップホップ史におけるグローバルブレイクは、DJシャドウと比肩するアブストラクトヒップホップの伝説であるDJ KRUSHや、2010年代以降、Lo-Fiヒップホップのルーツとして急速に評価が高まっていったNujabesをはじめ、プロデューサーたちが先行してきた。2000年代にはTERIYAKI BOYZが、当時のシーンを席巻していたザ・ネプチューンズやカニエ・ウェストのプロデュースで作品を発表したものの、特大のバズを起こすには至らなかった。 しかし、2024年のグローバルな音楽シーンにおける新たな動きは、日本語ラップにまつわる通説をあっけなく覆してしまった。かつて、KOHHの名で活動し、Keith Apeやフランク・オーシャン、宇多田ヒカルの作品に客演で参加してきたラッパーの千葉雄喜とミーガン・ジー・スタリオンがコラボレーションを行った「Mamushi」は瞬く間にグローバルヒットとなり、2人がフックで歌う日本語のフレーズは世界中のリスナーに歌われることとなった。このヒットには、ミーガンのアニメやサブカルチャーを通じた日本の文化に対する理解や千葉雄喜の圧倒的なスター性など、さまざまな要因が挙げられるが、コラボレーションの相手が日本語を操るラッパーであるフレッシュネスはインターナショナルアーティストおよびリスナー双方にとって新しい発見だったはずだ。 また、フリースタイルラップのスキルが高く評されているラッパーのR-指定とターンテーブルバトルの国際大会で頂点を極めたDJ松永からなるヒップホップユニット、Creepy Nutsも2024年1月にリリースした「Bling-Bang-Bang-Born」で国際舞台へと躍り出た。Apple Musicの年間ランキング『2024年トップソング100:グローバル』でトップ10に入り、世界で3番目に再生されたヒップホップソングとなった同曲は、アフロビーツのエキゾチックなテイストを織り込んだジャージークラブのビートと共に多彩かつフリーキーなフロウのラップが駆け抜ける。世界的に注目されるアニメのテーマソングとして書き下ろされたこの曲は、アニメの人気と共にそのユニークな個性が増幅され、SNSのダンス動画を無数に生み出しながら、世界的なバズヒットとなった。 一方、人気ゲームに楽曲がフィーチャーされたことで、グローバルなバイラルヒットを記録したのがMFSだ。ラップを始めて半年後の2020年に制作したエキゾチックなトラップチューン「BOW」は時を経てビッグチャンスをもたらし、2024年にヒップホップとダンスミュージックをしなやかに横断するファーストフルアルバム『COMBO』をリリース。また、韓国を拠点にグローバルに活動を行う日本出身の7人組、XGはその卓越したラップスキルで世界を驚かせながら活躍の場を広げている。グループ初のオールラップソング「WOKE UP」のリミックスには、日韓のヒップホップシーンを代表するラッパーたちが参加。日本語、韓国語、英語が自由に飛び交うグローバルポップには、ダイバーシティに象徴される音楽の未来が広がっている。

ワン・アジア

日本のヒップホップがグローバルブレイクを実現しつつある要因の一つには、近年行われているアジア間の交流の成果が挙げられるだろう。1980~90年代はヒップホップのオリジンに学ぶべくニューヨークやロサンゼルスに出向くラッパーやプロデューサーが大半だったが、ここ数年は、インターネット環境の充実と共にローカルのヒップホップシーンを急速に発展させているアジア周辺国のアーティストたちとのコラボレーションが活発化している。その新しい流れを象徴するのが、JP THE WAVYとタイのトップラッパーであるOG BOBBYのコラボレーション曲「Thai Gold」だ。2022年に日本とタイのアーティストたちが集結し、タイのバンコクで開催されたコライトキャンプから生まれた一曲で、そこで行われた一連の共作は、その後のライブや次なるコラボレーションのきっかけとなった。 2024年には過去にOG BOBBYとも共演している日本のヒップホップクイーン、AwichがインドネシアのRamengvrlとマイクを分け合った「BOMBAE」を発表。そして、ヒップホップの自由を謳歌する大阪出身の新世代アーティスト、CYBER RUIは、韓国のライジングスターであるAsh-Bをフィーチャーしたメンフィスヒップホップマナーの「CATCH UP」をリリース。いまだ男性主導であることが否めないヒップホップ界において、限界に挑戦し続ける女性アーティストたちのスピリットは国境を越えて共鳴し合い、一つのアジアを象徴するアンセムを生み出した。 夜猫族所属の注目ラッパー、Tade Dustは韓国のBLASÉをフィーチャーした楽曲「Business」について、Apple Musicにこう語っている。「D3adStockと韓国のプロデューサーCODECの奏でるドラムンベースに僕とBLASÉが激しくスピットしていて、かなり気に入っている一曲。D3adStockと韓国に行った際に、どんな曲にするか、BLASÉのスタジオで4人で話し合うところから始めた。完成までに時間がかかったけれど、とてもいい思い出と経験になりました」。ラッパーにとどまらず、プロデューサー間でも精力的に行われているこうしたコラボレーションは、互いのオリジナリティを尊重しながら刺激し合い、国内では得られない経験と新たなリスナーをもたらす。その成果は日本のヒップホップのインターナショナルな広がりに結実しつつある。

サウンド・オブ・トーキョー

1980年代のシティポップや1990年代の渋谷系など、時代ごとに打ち出され、あるいは見直されてきた東京のサウンド、その本筋は長らくJ-Popにあった。しかし、その主役の座は今やJ-ヒップホップに置き換わったと言っても過言ではない。海の向こうから流入するさまざまなサウンドを吸収しながら独自に発展してきた島国日本の混沌とした音楽史は、多様化するヒップホップが新たなページを怒濤(どとう)の勢いで更新している。その象徴と言える一曲が、DJ TATSUKIの「TOKYO KIDS (feat. IO & MonyHorse)」。昭和歌謡のレジェンド、美空ひばりによる1950年発表のビッグバンドナンバー「東京キッド」をサンプリングしたこの曲は、新旧のテイストを絶妙なさじ加減でブレンドし、東京のサウンドならではの折衷性を見事に表現している。 渋谷で生まれ育ち東京のサウンドを体現するkZmが、UKロックをはじめ幅広い音楽に培われたオルタナティブなテイストを誇る新世代ラッパー、JUMADIBAと作り上げた「DOSHABURI」はストリートに育まれたフロアバンガー。エレクトロシーンから登場し、日本を代表するプロデューサーに登り詰めたChaki Zuluが手掛けるジャージードリルのビートは、いつでもどこでも若者たちの盛り上がりに火を付ける。グローバルなヒップホップの多様化に共鳴するオルタナティブなサウンドアプローチは、東京のシーンの大きな特徴の一つと言えるだろう。例えば、ボン・イヴェールのライブを観て「いい音楽が何なのか分かった気がした」とApple Musicに語ったKID FRESINOは、ポストロックやUKガラージなど、ジャンルにとらわれず感性の赴くままに吸収した音楽を糧にバンド形態での実験を続けている。 TohjiとLEXは現代日本の若者たちのカリスマだ。「自分らの中に眠ってるえぐみとかキモさとか、そういうのは大事にしたい」と語るTohjiは、エモラップからトランスリバイバルまでをも視野に唯一無二のサウンドを打ち出している。一方、タイプビートを使い分け、多彩な音楽性を発揮してきたのがLEX。「ライブは自分だけじゃ完成しなくて、みんなの力が必要。そんな曲です」と紹介する「力をくれ」では、アフロテイストを織り込んだビートに東海エリアのスター、¥ellow Bucksをフィーチャー。静と動を対比させながら、爆発的なエネルギーをほとばしらせている。また、2024年のリリースから早くも定番曲の仲間入りを果たしたのがKvi Babaの「Friends, Family & God」。このJ-ヒップホップ新時代を作り、人気絶頂の中で活動を終えたばかりの2大グループ、BAD HOPとKANDYTOWNそれぞれのメンバーであるG-k.i.dとKEIJUを迎えたこの楽曲は、ロックのバックグラウンドから紡がれるKvi Babaのメロディアスなフロウがキャッチーさを際立たせている。

プロデューサー

ヒップホップシーンの拡大と共に、BACHLOGICやChaki Zulu、KMをはじめ、ZOT on the WAVE、JIGG、Lil’Yukichiなど、数々のヒット曲を手掛ける人気プロデューサーたちが台頭。サウンドの進化を推し進める一方で、国内にとどまらず、海外のアーティストたちとのコラボレーションを行うプロデューサーたちも続々と現れている。Lil Durkの世界的なヒット曲「The Voice」で知られる北茨城在住のTRILL DYNASTYや、Westside Gunnの「LE Djoliba (feat. Cartier William)」を手掛けた静岡県浜松市のBohemia Lynchなど、インターネットを介したコミュニケーション、ビートのやり取りを通じて、大都市以外の日本各地から世界に名をはせるプロデューサーが登場する展開は、今までになかった現象といえよう。 また、千葉雄喜の「チーム友達」旋風を足がかりに、ミーガン・ジー・スタリオンの「Mamushi」をプロデュースし世界的な成功を収めたのが東京を拠点とするKoshyだ。ラッパーとのリアルタイムなセッションを軸に、アトランタヒップホップにインスピレーションを得た展開の少ないミニマムなプロダクションを武器に快進撃を続けている。その他にも、福岡県出身でアトランタ/ロサンゼルスを拠点に、Sabrina ClaudioやXG、Tohjiなど国内外のアーティストの楽曲を幅広く手掛けるXansei、MPCプレイヤーとしての卓越したビート感覚とマルチに弾きこなす多彩な楽器を共存させたメロウなサウンドアプローチでJordan Rakei、Phum Viphurit、Bluらとコラボレーションを行ってきたSTUTSなど、今後も世界を視野に、突出した個性を持つプロデューサーたちの活躍が期待できそうだ。

注目の才能たち

長らくサブカルチャーとして扱われてきた日本のヒップホップは、先人たちが築き上げてきたストリートの揺るぎない土台の下、ついにユースカルチャーにおける主役の座を勝ち得た。全国各地で開催されているMCバトルの大会やラッパーたちが競い合うオーディション番組をはじめ、新たな才能を紹介するさまざまな場を足がかりに、次世代のスターたちが成功をつかむまでのスピードはますます加速し、その規模も拡大を続けている。シーンの潮流が大きく変わる転換点をもたらした川崎のクルー、BAD HOPは活動のピークに解散を発表し、2024年に東京ドームにてラストライブを敢行、約5万人を動員した。J-ヒップホップ史に残るそのステージに、20歳にして客演として参加したのがBonberoだ。「運はあるとはいえ偶然じゃない。実力で、この口だけで手に入れてきた」とApple Musicに語る彼は、自身の楽曲でその体験をつづる。 2025年、さらなる活躍が期待されるライジングスターたちの実力と個性は折り紙付きだ。「このタイミングでやるなら、セクシードリルがいいなと思って、ZOT (on the WAVE)さんに相談して作った曲です。ちなみに、客演は最初からWatsonがいいなと決めてました」。ジャージークラブから演歌まで、幅広い音楽的視野を誇るLANAは、独自のフロウとワードセンスを際立たせているWatsonをフィーチャーした楽曲を振り返る。新世代の筆頭である彼らをはじめ、Kohjiya、Kaneee、Yvng Patraがマイクリレーを通じて20代前半の勢いとパッションをほとばしらせ、ロシアにルーツを持つLizaはラップオーディション番組で意気投合した7を迎え、バイレファンキのビートでダイバーシティを謳歌する。間断なく進化し、多様化しているグローバルなヒップホップシーン。欧米のロジックでは回収できないであろう日本のヒップホップのエキゾチックな折衷性と変化を厭(いと)わない次世代アーティストの柔軟な感性は、あっと驚くような音楽を世界に届けることだろう。