T.M.Revolution
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T.M.Revolution

T.M.Revolutionについて

このユニットの中心人物である西川 貴教には、いつも身体中に風を受けながら歌っているイメージがある。吹き飛ばされてしまいそうなぐらい、強く、激しく吹きすさぶ風に打たれながら。その印象はT.M.Revolutionのミュージックビデオで描かれた映像によるところが大きいわけだが、彼自身がここまでやって来たことも、それこそ強風に立ち向かうような困難なチャレンジばかりだったといえる。

すべての歩みは挑戦から始まっている。1990年代後半に西川がT.M.Revolutionをプロデューサーの浅倉大介と共に立ち上げた当初は、シングルとアルバムそれぞれのチャート1位と、東京ドームでのライブの実現を達成する約束が交わされている。そこから「HIGH PRESSURE」(1997年)や「WHITE BREATH」(1997年)、「HOT LIMIT」(1998年)といった大ヒットシングルが生まれ、彼らはブレイク期を迎えたわけだが、これらはいずれも決して簡単な目標ではない。しかし西川は真正面に立ち向かい、全身全霊でぶつかって、約束を実現させた。この間に彼はテレビの歌番組にも積極的に出演し、そこで並外れたトーク力によって視聴者を引き込みながら楽曲を売り出すことにつなげている。T.M.Revolutionの最初の成功の一因には、こうしてお茶の間の層にまでアピールしたことがある。

以後も西川の果敢にチャレンジする姿勢は継続されていった。リリースする楽曲は初期の「HEART OF SWORD ~夜明け前~」(1996年)に代表されるようなアニメの主題歌も多く、キャリアの途中からは人気シリーズと関係を深めたことから、いつしかアニソン歌手としての地位を確立するまでになった。2009年からは彼の地元の滋賀県で『イナズマロックフェス』を開催し、ファンに向けてだけでなく、地域おこしのイベントの一環としても認められた恒例行事となった。

また、ロックバンドのabingdon boys schoolの活動も継続し、水樹奈々やK-PopのAOAとコラボを実現させ、2017年には“西川 貴教”名義でもデビュー。これに声優や俳優としての仕事、テレビCMへの出演と、まさに八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍ぶりだ。常に新たなことにチャレンジし、今までになかった自分を開拓し続けている。

こうした多彩な活動の軸に、西川自身のシンガーとして、そしてパフォーマーとしてのハイレベルな能力があることはまぎれもない。キャッチーな楽曲を高らかに歌いきる声量と伸びやかなハイトーンも駆使する歌唱力は非常に優れているし、ステージに上がった際に見せる動きの華麗さは他の追随を許さない。

アーティストとしての高い総合力、その破格のパワーこそがT.M.RevolutionをJ-Popシーンの立役者に押し上げた。そして彼は今も新たな風を全身で受け止めながら、前に進もうとしている。

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