ディーン・マーティン

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ディーン・マーティンについて

シンガーで俳優のディーン・マーティンは、アメリカの愛すべき“タキシードを着た酔っ払い”だった。そのニヒルな微笑みは、1950~60年代のアメリカ大衆文化においてクールとされるものすべてを体現していた。1917年、オハイオ州ストゥーベンビルに生まれた彼(本名Dino Paul Crocetti)は、後に知られる酒や女性関係に満ちた道楽人生とは無縁の幼少時代を過ごした。理髪師の息子だった彼は5歳になるまでイタリア語しか話せなかった。16歳の時に学業を辞め、ボクサー(リングネームは“キッド・クロシェット”)、製鋼工場員、ガソリンスタンドの店員、もぐりの賭博場の集金係と、さまざまな職に手を染めた。だが仕事漬けの生活に嫌気がさしたマーティンは、憧れのビング・クロスビーに触発され、ナイトクラブで歌うチャンスを手にする。持ち前のメロウでとろけるような低音ボイスを武器に、アトランティックシティでコメディアンのジェリー・ルイスの相方を務め、そこで最初のブレイクを経験する。一度きりのつもりで立ったステージで、マーティンとルイスは大道芸人風の即興の才能を開花させた。魅力と洗練を全身に漂わせるマーティンに対し、ルイスは危険な香りが漂うワル。この対比が観客に受け、2人は別の道を歩むまでの11年間、16本の映画に出演した。一方音楽では、マーティンはイタリア系の血を引く魅力を生かし、1953年の「That's Amore」や1958年の「ヴォラーレ」など、ジャジーで陽気なヒット曲を放った。ルイスと決別してからは、フランク・シナトラやサミー・デイヴィス・ジュニアと共にラットパックの一員として新境地を見出し、一連のコメディ映画に出演してイメージを確立した。1959年の『リオ・ブラボー』などの映画ではシリアスな役どころを演じ、1965年以降は冠テレビ番組でホストとして活躍し、シンガーとしては「Ain’t That a Kick In the Head」や「You’re Nobody ’Til Somebody Loves You」といったしゃれた楽曲でリスナーを魅了し続けた。1995年没。

出身地
Steubenville, OH, United States
生年月日
1917年6月7日
ジャンル
ポップ