Fontaines D.C.の3作目までのアルバムは、同世代のアイルランド出身バンドの中でも一番と言えるほど、根底から母国と強く結び付いていた。2019年のデビュー作『Dogrel』はダブリンのストリートに向けた過激で湿ったラブレターとなり、続く『A Hero’s Death』ではアイルランドの詩人Brendan Behanを引用し、バンドがツアー中に地元を離れて感じた孤独や感情的な距離を詳細に描いてみせた。そして2022年の『Skinty Fia go deo』は、もはやそこにいない人間として複雑な視点からアイルランドを見つめたアルバムだった。 しかし4作目でFontaines D.C.は視線を別の場所へと移した。『Romance』での5人は、日本の名作マンガ『AKIRA』、パオロ・ソレンティーノ監督による2013年の映画『La Grande Bellezza』、そしてデンマーク出身のニコラス・ウィンディング・レフン監督の『Pusher』3部作にインスピレーションを受けた未来のディストピアをさまよい歩いている。「最初から3部作にするつもりじゃなかったけど、そういう感じになった」と、初めの3作についてドラマーのTom CollはApple Musicに語る。「すごくタイトな世界だったわけで、今回はそこから外に踏み出して違うことをやってみたかった。初めて東京に行ったことが今作の大きなインスピレーションになった。あのネオンだらけの超近代都市、東京はすごく視覚に訴えてくる。ものすごく刺激的だったんだ。おかげでこういう新しい視覚的要素をアルバム作りに初めて取り込めたよ」 過去3作はすべてDan Careyのプロデュースによるものだったが、今回新たにArctic Monkeysを手掛けたプロデューサー、James Fordを迎えて制作された『Romance』は、これまでにない新しいサウンドやニュアンスを楽曲に取り入れたアルバムでもある。金属音が鳴り響き、黙示録さながらの恐怖をあおるオープニングのタイトルトラック「Romance」から、ヒップホップに触発されたファーストシングル「Starbuster」、ひずんだグランジとシューゲイザーを混ぜ合わせた「Here’s the Thing」や「Sundowner」まで、Fontaines D.C.の完全に新しい時代が始まっている。その一方で、物憂げなギターを浴びせる「Favourite」や、ニルヴァーナを思わせる「Death Kink」といった、クラシックなインディーロックアンセムを作ることも忘れてはいない。「どのアルバムも、一つの方向への大きな一歩だと感じるけど、『Romance』ではこれまでのアルバムからもう少し遠くまで踏み出せたと思う」とTom Collは言う。「人を驚かせるのは楽しいね」。以下、彼が『Romance』を全曲解説する。 Romance これはかなり夜遅くにスタジオで書いた曲。自然に生まれてきた。「よし、これがアルバムの1曲目だ」って感じた瞬間だった。それまでのすべてのものに対する口直しみたいなものだ。ちょうどオープニングシーンのような。これまで作ったどのアルバムにも、「これが俺たちの先制攻撃だ…」って思えるような常に突き出た曲があった気がする。 Starburster この曲の大半はグリアン(ボーカルのGrian Chatten)がラップトップで作った。そこにはストリングスとかそういう断片的なパーツがいっぱいあって、曲作りのプロセスはかなりヒップホップだった。たぶんこのアルバムで一番、昔の俺たちからかけ離れた曲だと思う。これがファーストシングルで、俺たちはいつだってみんなをちょっとびっくりさせてやろうって思ってる。そうするのが楽しいんだ。 Here’s the Thing もうすぐスタジオを出るって時に作った曲。すでに12曲か13曲くらい出来上がっていて、なんとなくジャムセッションを始めたら、1時間もしないうちに曲になった。カーリー(ギタリストのConor Curley)がこの粗い感じの、1990年代っぽい、つんざくような音を出してきて、そこから発展していった。 Desire 随分長い間温めていて。本来あるべき場所にたどり着くまでに、数えきれないほど手がかかった曲だった。セットアップの曲として始まって、それからかなりエレクトロニックにやってみた。その後スタジオで、また元に戻したんだ。きちんとした形になるまでしばらくかかったよ。グリアンが20とか30くらいボーカルを重ねていって、びっくりするくらいうまくアレンジしてくれた。このアルバムでのストリングスのアレンジは、主にカルロス(ギタリストのCarlos O’Connell)とグリアンがやってくれた。単に音源を送ってもらう前に、弦楽カルテットを実際にスタジオに呼んだのは今作が初めてだった。同じ部屋で、弦楽カルテットを中心に曲ができていくのを間近で見られたのは素晴らしい経験だった。 In the Modern World グリアンがロサンゼルスにいた時に書いた曲。ラナ・デル・レイとか、そういう感じにすごく影響を受けてる。ハリウッドはきらびやかなイメージだけど、実際は古びた場所だっていう。つまり色あせた魅力ってことだ。 Bug これは俺たちにとってすごく作りやすい曲だと思った。にぎやかで、全員が一斉に演奏してる感じの曲なんだ。俺はこの曲をアルバムに入れるために本気で戦った。こういう曲の場合、ゆがめたり、必要のないひねりを加えたりしようとするのはやり過ぎになってしまう気がする。もうしっくりきてるなら、それ以上手を加える意味がない。この曲はありのままの状態で、最高だ。きっとライブでやるとすごいことになるよ。 Motorcycle Boy ちょっとスマッシング・パンプキンズにインスパイアされてる。アルバムの他の曲より半年早くレコーディングしたんだ。これが本当の意味で今作の起源だったわけで、俺たちが道を見つけて、「OK、ここを掘り下げてみよう…」って思えた曲だった。この曲から本当にアルバムが動き始めたんだ。俺たちの行先を示してくれた。 Sundowner このアルバムでは、これまでよりも個々の視点からアプローチできたと思う。メンバーの多くがほとんど完成した状態で曲を持ってきたんだ。俺はロンドンでカーリーとルームシェアしていて、あいつが長いことシューゲイザーにインスパイアされたこの曲に取り組んでるのを見てきた。カーリーはグリアンが歌うものだと思ってたと思うけど、スタジオであいつがガイドボーカルを入れた時、それがすごく良かったんだ。みんなして、「これはもうお前が歌えよ」って感じだった。 Horseness Is the Whatness もう随分前に、カルロスがこの曲のデモを送ってくれていた。彼のアコースティックギターの弾き語りで、すごくパワフルな歌詞だった。見事な曲だと思う。このアルバムにうまく合わせるためには、解体してもう一度作り上げる必要があった。カルロスが俺のためにドラムループを三つか四つ作ってくれて、それを再構築してみるのはすごく楽しい経験だった。ライブでどうやるのか分からないけど、なんとかしてみせるよ! Death Kink スタジオセッションのセットアップ中にやったジャム演奏からできた曲。いかにもバンドがスタジオでジャムってできた感じの曲だ。アメリカでのツアー中、すべてがうまく収まるようにセットリストに磨きをかけたんだ。これはライブでやるのが楽しい曲になるだろうね。すでにやり始めていて、かなりヤバい出来だから。 Favourite これもリハーサル中にできた曲だね。今とほとんど同じ状態で出来上がった。最初のレコーディングがかなり良かったから、アルバムのために手直しするのがちょっと不安だったくらいで。一番長く付き合ってきた曲だ。俺たちはツアー中にいくつも曲を作って、大抵は時間が経つにつれて飽きてしまうんだけど、「Favourite」は揺るがなかった。このアルバムのトラックリストに関しては何度も話し合って、俺は「Romance」で始まって「Favourite」へと進んで行くのが重要だと思った。闇から光へ向かう旅みたいな感じがして、「Favourite」で終わるのはいい着地点だと思う。
ビデオエクストラ
- Fontaines D.C.
- 2020年
- 2022年
- Grian Chatten
- Shame
- Yard Act