Bleachers

Bleachers

ジャック・アントノフほど劇的な10年を経験したアーティストはそう多くない。そして、テイラー・スウィフトやロード、ラナ・デル・レイ、THE 1975などが、自分たちの成功は多少なりともアントノフの音楽的才能のおかげだと誰もが素直に認めている。ブルース・スプリングスティーン、そしてジョン・ヒューズへの愛にあふれるニュージャージーのロックバンド、ブリーチャーズが意気揚々とデビューしてから10年目、4作目となるセルフタイトルアルバム『Bleachers』は、さながら新たな時代の到来を告げているようだ。サウンド的にはさほど変わっていない。1960年代オールドミュージック風や、拳を突き上げる1980年代風ロックなど、多種多様な懐かしいメロディをちりばめた前向きなドライブソングは今も健在だ。ただ、切り口は相当変化している。これまではアントノフが18歳の時に妹をがんで亡くしたことなど、悲しみをテーマにした楽曲が多かったが、今作は目の前の瞬間にしっかり足をつけている。新婚ほやほやで、40歳の大台に乗ったアントノフは、アルバムのスタートを飾るオープニングソング「I Am Right On Time」のごとく、「まさに今を生きている」のだ。 「胸の奥に感じる何かを突き止めたいと思っているような人々と仕事をすることが多い」とアントノフはZane Loweに語った。「アルバム制作はそこから始まる。僕が曲を書き、ストーリーを語る。するとそこに魔法が生まれます」。アルバム『Bleachers』にはそうそうたる面々が軒を連ね、いくつもの物語があふれている。ラナ・デル・レイ、Clairo、フローレンス・ウェルチ、THE 1975のMatty Healy、St. Vincent、そして新妻Margaret Qualleyが脇を固める楽曲は、ずいぶん歳を取ったとか、肩身が狭くなったとか、あか抜けないとか、口癖のような愚痴を優しく受け止める。例えば「Isimo」では、一生続く責任感の重さを取り上げている。「結婚とか人間関係をじっくり考えるようになった」とアントノフはLoweに語った。「楽しいことを誰かと共有するのは簡単だ。でも自分の醜い部分も共有できるだろうか? 自分につまらない部分があっても、詩的で興味を引きつけるようなコンセプトを作ることができれば、悲嘆にくれる姿をカッコよくもできる。だけど日常生活では面白くもなんともない。あの曲ではそういうつまらない部分をたたえたかったんだ」 アルバムの中で最も予想外だった友情出演は、プロスケートボーダーのロドニー・ミューレンだろう。幼少期のアントノフが憧れていたヒーローは、情熱や忍耐、恐れについて哲学的に語っている。伝説的スケーター、トニー・ホークのドキュメンタリー『Until the Wheels Fall Off』(2022年)からサンプリングした「Ordinary Heaven」でのミューレンのその言葉は、日常の中に心の平穏を見いだすというアルバム全体のコンセプトを「集約」しているとアントノフはLoweに語った。そして新婚で浮足立つアントノフも、まさにそれを実践中だ。その証拠に同曲で彼は「君がアパート中を踊り回る(You dance around the apartment)」「そこにいるだけで、僕はもう充分だ(and I just get, I just get, I just get, I just get to be there)」と歌っている。

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