The Moon’s Elbow

The Moon’s Elbow

「ギタリストとしてこの10年で積み重ねてきたものを一つの作品として形にするつもりで作りました」。Ichika Nitoは、ファーストアルバム『The Moon's Elbow』についてApple Musicに語る。2016年、Ichikaはギター演奏動画を投稿サイトへアップしたことをきっかけに才能が一気に知れ渡り、ザ・フーのピート・タウンゼントをはじめ世界的レジェンドたちから高い評価を受けた。以降、世界各国からコラボレーションや楽曲提供の依頼が絶えず舞い込み、3ピースバンドDiosでの活動なども通して、その名はさらに広がっていった。 活動10周年の節目に届ける本作には、彼の歩んできた道のり、音楽的探究、そして人との出会いが色濃く刻まれている。「一人で孤独にギターを弾くことから始まったけど、音楽を続ける中で少しずつつながりが増えてきて。フィーチャリングの曲たちは、そういったつながりが感じられます」と彼は振り返る。かつて理系研究者だった彼は、独自の理論を基盤に唯一無二の音楽構築を行う。ドイツ出身の超絶技巧ギタリストManuel Gardner Fernandesと、ゲームミュージックシーンで絶大な支持を誇るFeryquitousを同時に招くという発想も、まさにIchikaならではだ。理論にとどめず、異なる領域を実際に交差させて新たな創造へ踏み出す姿勢が、作品全体を貫いている。タイトルには「月が満ち欠けの途中で一瞬だけ見せる、曲がった輪郭のイメージ」を重ね、「完璧な形ではない途中の形に宿る感情や美しさを、このアルバムに残したい」という思いを込めたという。ここからは彼自身に全曲を解説してもらおう。 Where I Begin ソロギターは、自分にとってすべての出発点です。だからアルバムの1曲目は、あえてギター1本だけで始める曲にしました。タイトルの通り、このアルバムの「始まりの場所」を示す曲であり、私Ichika Nitoの始まりの場所という意味でもあります。 Lost Stars Diosをきっかけに出会ったTAKU INOUEさんをアレンジャーに迎えて制作した曲です。以前からいつか一緒に曲を作りたいと思っていたので、実現できてとても光栄でした。夜空を切り裂くように落ちていく星のイメージを軸に、冷たさと疾走感を同時に感じるサウンドに仕上げています。 Echo アルバムの中に一曲、踊れるダンスミュージックを入れたいと思って制作しました。以前から親交のあるNakajinさんを迎えたことで、音に一気に推進力と色が加わって、このアルバムの中でも特に生命力のある曲になりました。明るく前に進むサウンドですが、もともとは自分が動画で投稿していた「Revive」という曲のアイデアが核になっています。 LA NUIT シャネルのメティエダールコレクションでのパフォーマンスをきっかけに出会ったセネガルのラッパー、NIXを迎えた曲です。表題曲「The Moon's Elbow」の直前に夜の景色を立ち上げたくて、「Lost Stars」と並べてこの位置に置きました。もともとはローファイでジャジーなインストゥルメンタルにするつもりだったのですが、完成したトラックを何度も聴くうちに自然とNIXの声が浮かんできて、このコラボレーションが形になりました。アレンジはkent watariにお願いしています。 The Itch この曲は、「Manuel Gardner FernandesとFeryquitousを混ぜたらどうなるんだろう?」という発想から生まれました。ある意味、完全に自分が聴きたい曲を作るという欲望だけで走った曲です。2人の音楽には、切なさや儚さと攻撃性が同居しているという共通点があって、以前からきっと相性が良いと思っていました。曲の中では僕とManuelが交互にギターを決めていく、いわばギターバトルのような構図になっています。さらにセクションごとにゲームのステージが切り替わるように、景色がガラッと変わっていくのもこの曲の面白さです。 The Moon's Elbow Marcinのアコースティックギターは、地面や大地、生命の重さを感じさせる音で、低い音域を担っています。対して僕のエレキギターは、幻想的で非現実的な空のような質感で、高い音域を受け持つ。この上下のレイヤーをはっきり分けることで、月を見上げる主体と月との距離感や立体感が生まれるように意識しました。でもコーラスの部分では一瞬だけ2人が交差するように重なることで、現実と非現実の境目に音で触れるようなイメージが生まれるようにもなっています。アレンジには「Moonfall」のアレンジをしてくれたRINZOが参加しています。 I'm Your Ghost タイのシンガー、Flower.farに歌ってもらった曲です。これまでTHE TOYSとのコラボレーションなどを通してタイのアーティストと縁が続いていたので、このアルバムでもその流れをつなげたかったというのが一つの理由でした。自分のギターのルーツはメタルですが、音楽そのものの原体験はディズニー作品の音楽でもあって、この曲にはどこか物語の歌の感覚があります。Flower.farの声なら、この曲の世界を想像以上に広げてくれると思ってお願いしました。アレンジはBen&Benに参加しているZivにお願いしました。 we weren't, were we? ここで一度、ソロギターに戻ります。フィーチャリング曲が続いた後にふと立ち止まって、これまでの関係や距離感を内省的に振り返るような曲です。ここから3曲はタイトルをすべて小文字にしています。独り言に近い温度で音を淡々と置いていくその感じが、そのまま表記にも出ています。 should've cried 狭い部屋に一人きりで、孤独で泣いてしまいそうな夜に寄り添うための曲です。自分自身、そういう時間が何度もあったので、「その感情を否定せずに解放してくれる音はどんな形だろう?」と考えながら少しずつ音を埋めていきました。アレンジにはkent watariが参加してくれていて、自分が出したかった温度や質感を、よりリアルなものにしてくれています。 in your quiet ある意味、このアルバムの最後の曲です。締めくくりはバラードにしたいと思っていて、静けさの中で感情がほどけていくような曲にしました。この幻想的な世界観にはYvette Youngの声が一番合うと思い、歌をお願いしました。言葉が前に出すぎず、それでも確かに気配が残るような歌い方が、この曲を広げてくれています。アレンジはRINZOにお願いしています。自分の中にあった繊細さや透明感を、より立体的なサウンドにしてくれて、最後の夜明け前みたいな空気が作れたと思います。 Where I Return 「Where I Begin」から始まったこのアルバムの物語は、円を描くようにして、最後にもう一度同じ場所へ戻ってきます。この曲は1曲目の別アレンジですが、あえて3本のギターをレイヤーして、より豊かな響きにしました。同じ場所に戻ってきたはずなのに、見える景色は少し変わっている、そのことを曲で伝えたかった。終わりというより、次の始まりへとつながっていくような締めくくりになっています。