「残像の愛し方、或いはそれによって産み落ちた自身の歪さを、受け入れる為に僕たちが過ごす寄る辺の無い幾つかの日々について。」

「残像の愛し方、或いはそれによって産み落ちた自身の歪さを、受け入れる為に僕たちが過ごす寄る辺の無い幾つかの日々について。」

谷口喜多朗のソロプロジェクトTeleのセカンドアルバムは、まず一度読んだだけでは真意をつかみにくいタイトルが目を引く。「これはつまり何を伝えているのだろう」と考え出したところですでにTeleの世界に入り込んでいるといえるだろう。“令和のトリックスター”と称されるTeleは、ポップなサウンドと柔らかな歌声で、哲学的な迷宮をさまようような楽曲を生み出す。直感的な言葉が連なる歌詞は決して分かりやすくはないものの、理屈抜きで胸に飛び込んでくる。「東京宣言」では自分の生きる場所を“酸欠の国”と表しているように、その目は不安定な世界を冷静に見つめている。けれども絶望に支配されることはなく、荒野のゼロポイントで自分という存在を手繰り寄せるように言葉を紡いでいく。それは一見遠回りのようでいて、希望へと至る確かな道なのかもしれない。ストリングスやブラス、ハンドクラップなど、さまざまな音色が飛び交うアレンジも聴きどころ。ラストナンバー「ぱらいそ」の破れかぶれにも似た明るさが、まぶしい光を連れてくる。

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