

「充実したディケイドの終わりにこのアルバムができた」。サザンオールスターズの桑田佳祐は16作目のオリジナルアルバム『THANK YOU SO MUCH』についてApple Musicに語る。「僕が60代になったあたりでうちのバンドのスタッフが代わり、音楽の状況もいろいろ変わった。今僕は69歳になったのだけど、(アルバムを作るにあたり)60代の終わりという自分の年齢と時代性と環境をうまくそろえてもらった気がします」。『ステレオ太陽族』(1981年)や『世に万葉の花が咲くなり』(1992年)、そして前作『葡萄』(2015年)など、サザンオールスターズのアルバムには常に印象的なタイトルが付いていた。しかし今回はいつになくシンプルなメッセージを伝えている。「ずっと面白いことを言おうとしてたけど、今回はあんまり考えたくなくなった。一番シンプルに伝えたいことを考えたら『心より感謝申し上げます』だった。それをスマホで英語に翻訳したら『THANK YOU SO MUCH』と出てきて、なんだ、これでいこうと決めました」。感謝を伝えたいのは、長きにわたりバンドを支えてくれたファンやスタッフ、そしてこれまで出会ってきた人々だ。「我々はどうしても誰かの力を借りないとやってこられなかったから。サポートミュージシャンやオペレーター、エンジニア、スタッフたちが必ずレコーディングにもライブにもいてくれて、バンドをアシストしてくれる。おかげで自分はある程度自由と余地を持ってやれている。だから今伝えたいのはキャッチコピー的な気の利いた言葉ではなく、シンプルなメッセージでした」 シンプルな英語のタイトルに、日本人形の顔を配したアートワークを組み合わせたのが、いかにもサザンオールスターズ流だ。「和洋折衷というのが一番好き」と桑田は打ち明ける。「我々は日本のドメスティックバンドだという、ある意味誇りを持ってやってるつもり。“純洋楽”を目指すだけだと少し恥ずかしくなって、どこかで自分のお里の方に落とし前をつけたくなる。かといって和ばかりだと渋すぎるから、和と洋をうまく橋渡ししたい。スパゲティナポリタンであろうという思いはあります」。常に音楽シーンの最前線に立ち、日本のロックを開拓し続けるサザンオールスターズが現在の到達点を刻んだ本作について、ここからは桑田にいくつかの楽曲を解説してもらおう。 恋のブギウギナイト 大学時代、たまにディスコに行きました。僕はあまり踊らなかったけど、大人しいやつほどよく踊る。そして踊るやつの方がモテるんです。あれは一体どういうことなのかと考えたところ、踊るというのはつまり、求愛活動なんじゃないか。パートナーに対して「すごく盛り上がってきちゃった」みたいなことを伝えるのに踊りはすごく有効的だと思う。ギターは自分で弾こうと思ってたけど、キーボードの片山(敦夫)君がすぐに打ち込みで作って、音色を微調整することですごく生っぽい、人間的なギターサウンドになったのでびっくりしました。テクノロジーの発達でいろんな可能性の広がりを感じます。 桜、ひらり 最初はパワーポップみたいな曲だったけど、他にいろんな曲ができる中で、もう少しゆったりしたものも欲しいなと思って少しアレンジを加えました。一番最初のフレーズは仮で「little rain」と歌っていた。僕は英語の曲に憧れて音楽をやってきたから、歌詞を書く時はいつも英語で作れたらいいのにって思う。だけどできないので、七転八倒しながら考える。「little rain」って何だろうと考えるうちに「どれくらい」が出てきて、そういう言葉の一つ一つがつながって線になっていく。それがまた面白いです。 ごめんね母さん 13曲できたところで、もう1曲欲しいなと思って、オペレーターたちに「遊ぼうよ」と声をかけてオケを作り始めました。イントロから彼らがいろんな仕掛けを編み出してくれて、それに僕がリアクションして、この歌詞もできた。“ダッダ”の音色はPortugal. The Man、ギターコードはアメリカの「名前のない馬」(原題:A Horse With No Name)に影響を受けています。要素としては3セクションぐらいしかないんだけど、いろんな人がうまく並んでプレイしている。スタッフワークにすごく恵まれたなと思います。 風のタイムマシンにのって 僕は生まれ育った茅ヶ崎からあまり出ないから、文化圏がものすごく狭い。隣の鎌倉ですらほとんど知らなくて、この仕事をするようになって取材とかで訪れて少し情報が増えた程度だけど、それだけで、さも知ってるように歌にしちゃうのが私のせこいところ(笑)。実は歌詞の中に嘘を書いちゃったんですけど、鎌倉の飯島トンネルから材木座に出ると和賀江の港がある。それを左手に見ながら、由比ヶ浜を通り、稲村ヶ崎の切通しに入ると、北斎が描いた富獄(富士山)が見えるよと歌っている。だけど北斎の富獄は千葉の木更津から眺めたものらしくて、後から「違うよ」って指摘されました。人生69年、物を知らずに生きてるもので、たまにそういう間違いが歌の中にある。怖いですよね(笑)。 夢の宇宙旅行 やっぱり年のせいで死生観に興味が出てきました。「楽しもうぜ」とか「のっていこうぜ」みたいなことだけが我々の表現したいことじゃなくて、もうそろそろ、もっと面白いことがありそうだと。こういうサイケデリックな曲調はもともと好きだけど、最近の私の年齢と相まってきた。ビートルズの「Taxman」もそうだけど、インド音階はロック的。「沙羅双樹の花」のフレーズは、日本語でありながら外来語の響きがあるので、ここにインドの要素が入るといいな、と思いながら書きました。日本人は昔から外国語をうまく日本語に置き換えて使ってきた。そういうのが我々の文化のいいところじゃないかと思います。 悲しみはブギの彼方に 楽曲自体は1975年くらい、原 由子と青学ドミノスというバンドをやってたころに作りました。当時はスピーカーで録った音源を原坊(原 由子)に黒電話で聴かせて「このフレーズを聴いて」とか言ってた。懐かしいです。そのころの僕は毎日リトル・フィートを聴いていました。本当はビートルズやデヴィッド・ボウイが好きだったけど、ちょっと背伸びして。あれから50年近くたってるから演奏し直して失敗したらどうしようと思ったけど、みんなすごくうまくて、やはりバンドアンサンブルは信じていいなと強く思いました。