

一握りの例外を除いて、PUBLIC ENEMY以前のラップはパーティーミュージックであり、発言や挑戦というよりも、楽しませたり面白がらせたりするためのツールだった。政治的な要素があったとしても、それはスタイルやアティチュードによってコード化され(RUN D.M.Cの「My Adidas」やLLクールJの「I Can't Live Without My Radio」)、明確には語られないまま、分かりやすい物語のひだに隠されていた。ロングアイランド郊外のはみ出し者グループによって結成されたPUBLIC ENEMYは、ラップの中心に政治を据えただけでなく、フリージャズの都市的不協和を模倣したBomb Squadのノイジーでサンプリングを多用するプロダクションコラージュから、HBCU(歴史的黒人大学)やブラックパンサー党、ネーション・オブ・イスラムのステップショーからヒントを得たS1W(プラスチックのマシンガンを抱えた、グループの準軍事的スタイルの舞台集団/ボディガード)まで、音楽的にもその他の面でも過激な黒人表現の歴史にラップを結び付けた。言い換えれば、それは考えたり、踊ったり、抗議したり(「Fight the Power」のミュージックビデオ)、笑ったりできるラップだった。チャックDのよく響くバリトンは避けることのできない苦い薬で、Flava Flavはスプーン一杯の砂糖だった。それはチャックDが言ったように「ブラックCNN」としてのラップだっただけでなく、その30年前のロックンロールのように、文化的な爆発力を持ったサウンドだった。このプレイリストでは、1980年代後半から1990年代初頭の画期的な活動に焦点を当て、PUBLIC ENEMYのベストソングを紹介する。