はじめての アルフレッド・ブレンデル

はじめての アルフレッド・ブレンデル

オーストリアのピアニスト、アルフレッド・ブレンデルは、2025年の6月に惜しまれつつ94歳で亡くなった。彼は、モーツァルトやハイドンの作品の洗練された演奏はもとより、ベートーヴェンの楽曲に対する深い洞察に満ちた解釈や、リストの楽曲の驚異的なパフォーマンスでも高い評価を受けた。 ブレンデルは、さまざまな役を演じ分けるベテラン俳優のように、それぞれに個性的な作曲家たちのスタイルを、まるで無意識のうちにそれらになじんでいるかのごとく、いとも自然に体現した。例えば、モーツァルトの魅惑的な詩情、表情豊かでありながら明瞭に描かれたバッハの対位法、シューベルトの気まぐれな感情の変化(『ピアノ・ソナタ第20番 イ長調』の「Scherzo」を聴いてみてほしい)、あるいはリストの「ピアノ・ソナタ ロ短調」における燃え上がるような超絶技巧といった多様な楽曲のどれを奏でても、ブレンデルは見事な演奏を聴かせたのだ。また彼は、協奏曲の演奏や録音でも高く評価された。特に、シューマンの『ピアノ協奏曲 イ短調』のようにソリストとオーケストラが協調し合う作品に最もふさわしい演奏家の一人だった。 そんなブレンデルが最大の情熱を注いだ作曲家がベートーヴェンだ。彼はこのドイツの偉大な作曲家が遺したすべてのピアノ曲を録音した最初のピアニストだった。『ピアノ・ソナタ第8番 “悲愴”』の緩徐楽章に漂う深遠さと気高さ、『ピアノ・ソナタ 第17番 “テンペスト”』のとめどないパワー、あるいは『ピアノ協奏曲第4番』の心和む表現を聴けば、ブレンデルがいかにベートーヴェンの楽曲に含まれるさまざまな感情に寄り添っているか、そして、どれほどそれらに共感しているかが分かるだろう。