THE YELLOW MONKEY
THE YELLOW MONKEY

THE YELLOW MONKEY

THE YELLOW MONKEYについて

グラムロックに影響を受けた音楽性と艶やかな魅力に満ちた佇まいで登場し、日本を代表するロックバンドへと上り詰めたTHE YELLOW MONKEY。人気絶頂のうちに活動を休止し、解散、そして強い絆を感じさせる再結集へと至った彼らの道のりを見ていこう。

1989年に現メンバーである吉井和哉(Vo)、菊地英昭(G)、廣瀬洋一(B)、菊地英二(Dr)の4人で始動したこのバンドは、1992年にメジャーデビューを果たした。当初から作品への評価は高く、演劇的なステージでも異彩を放ち、ライブ動員数は伸び続けたものの、アルバムのセールスについては伸び悩んでいた。

転機となったのは、ポップ路線に舵を切った4作目のアルバム『smile』(1995年)のヒットだろう。続く『FOUR SEASONS』(1995年)では英国ロンドンで初の海外レコーディングを行い、チャート1位も記録、ついにロックシーンの中枢に躍り出た。

1996年、バンドのアイデンティティを色濃く映し出す「JAM」がロングヒットを記録。シリアスなトーンでささやかな希望を歌うこの曲は、THE YELLOW MONKEY屈指のロックアンセムとして、あらゆる重要なシーンで歌われていく。

6作目の『SICKS』(1997年)は初の吉井和哉単独プロデュースとなり、バンドの充実期を示す作品となった。初期のダークな魅力とスケールを増したロックサウンドが高い次元で響き合うこのアルバムを、彼らの最高傑作と評する人も多い。

ライブ感を意識した7作目の『PUNCH DRUNKARD』(1998年)のリリース後、1年で113本という過酷なツアーを敢行。バンドを取り巻く状況は過熱の一途をたどったが、メンバーには次第に疲労と葛藤が蓄積されていく。そして2001年、初の東京ドーム公演をもって活動休止に入り、2004年に解散を発表した。

4人はそれぞれに音楽活動を続けていたが、2016年に活動再開、そしてツアーの開催を発表。突然の復活劇は世間に衝撃と喜びをもたらした。その後コンスタントにライブや新曲発表を行い、2019年に19年ぶりとなるアルバム『9999』をリリース。紆余(うよ)曲折を経てたどり着いたバンドの新境地を重厚なサウンドで表した。

結成30周年を迎えた2020年はバンド初となる3大ドームツアーを予定していたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で延期に。後に会場と日程を変更して行われた公演は、コロナ禍以降初の大規模な有観客ライブとして成功を収め、エンターテインメントに関わる人々に希望の光を届けた。

波乱に満ちたバンドの歴史を経て、強い絆で結ばれた4人。フロントに立つ吉井和哉は、ライブやメディアで「もう解散することはない」という趣旨の発言を行っている。

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