LINKIN PARK
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LINKIN PARKについて

『Hybrid Theory』の歌詞を書く際に、マイク・シノダとチェスター・ベニントンは汚い言葉を使わないと約束し合ったという。それは露骨な表現の警告シールが貼られたCDを親から隠すのに苦労してきたオーディエンスをつなぎとめるためだけではなかった。それよりも大事だったのは、フラストレーションをあからさまに下品な言葉で表現するのを避けることで、悪態をつくことでしかごまかせない自らの痛みに身を任せ、その痛みをあらわにしようと挑むことだった。もっと深いレベルで言えば、彼らは隠喩を使ってカタルシスを手にする道を選んだ。つまり、LINKIN PARKは怒っていたが、クリーンな怒り方をしたといえる。

LINKIN PARKは1996年にロサンゼルス郊外で結成された。初めの数年は悪戦苦闘が続き、レコード会社の幹部からMCのシノダを脱退させて普通のロックバンドの道を進むよう提案されたこともあった。しかし2000年、前述の『Hybrid Theory』で大ブレイクを果たすこととなる。同作はハードロックにおける境界線のような作品で、ヒップホップとエレクトロニックミュージックの影響が色濃く出た作品となった。

『Hybrid Theory』は一世代に一度のアルバムであり、商業的にも創作的にもラップロックの頂点だったに違いない。しかし、バンドが生き延びたのは、音楽性の幅広さにおいて常に時代の先を行っていたからでもある。ヘヴィなサウンドではあったが、ハードロックの華やかさよりもエモやシンセポップの繊細さが優先された。ギターサウンドから少し離れたくなったときには、ベニントンが内に秘めていたデペッシュ・モード愛が表に出たかのような、陰鬱で、ポストハードコア的なエレクトロニックミュージックへと方向転換してみせた。サウンドに変化はあっても、攻撃的な言葉を使わずに表現しようとする苦しい試みは続けられた。

2003年に『Meteora』がリリースされ、続く2007年の『Minutes to Midnight』、2010年の『A Thousand Suns』、2012年の『LIVING THINGS』の3作は、エレクトロニックミュージックへの移行がより強く表れたアルバムだった。2014年には『The Hunting Party』のリリースが続いた。

そして2017年の『One More Light』は、よりポップなメロディを前面に打ち出した作品となった。このとき、商業ロックを再定義し続けてきた彼らのキャリアは20年に及ぼうとしていた。『One More Light』がリリースされた2か月後、チェスター・ベニントンは自ら命を絶ってしまう。その後バンドが静かに新しい音楽に取り組み始めたのはそれから2年後のことだった。

  • 出身地
    Agoura Hills, CA
  • 結成
    1996

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