Dragon Ash
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Dragon Ash

Dragon Ashについて

Dragon Ashの特徴の一つに、そのスタイルの変遷が挙げられる。しかし彼らのそれは、ただ変わるだけではなかった。その都度新しい表現の形を血肉化し、Dragon Ashという母体から生み出されるオリジナルな音楽として提示してきた。だからこそ多くのリスナーが引きつけられ、常に次のアクションを期待される存在になった。

中学生時代からの友人同士であるKj(Vo/G)と櫻井誠(Dr)、年長ミュージシャンとして活動していたIKÜZÖNE(B)によって結成されたDragon Ash。1997年にメジャーデビューするや否や2作のミニアルバムとフルアルバム『Mustang!』を立て続けにリリースする。当初はオルタナティブ/ポストグランジの要素が強く、そこにパンクやメタルを取り入れた楽曲を奏でていたが、次第にラップ/ヒップホップの要素を強め「陽はまたのぼりくりかえす」や「Under Age’s Song」といったメッセージ性豊かなシングル曲が注目を集める。1999年には3作目のアルバム『Viva La Revolution』を大ヒットさせ、全国ライブツアーのみならず音楽ジャンルを横断する独自イベント「Total Music Communication」を初開催した。

アンダーグラウンドな現場から生まれる先端の音楽を貪欲に取り入れ、それをロック/ポップミュージックのシーンに伝える存在としても、Dragon Ashの影響力は大きかった。彼らを通じてそうした音楽を知り、魅了されたファンも多かっただろう。巨大な賞賛を浴びる一方で、その破竹の勢いゆえに周囲との摩擦を生むこともあったが、メンバーにはBOTS(DJ)やhiroki(G)、そしてATSUSHI(Dance)やDRI-V(Dance)も順次加わり、踏みとどまることなく表現領域を拡大していく。エレクトロニカの手法を取り入れて重厚な音のレイヤーを構築してみせたアルバム『HARVEST』(2003年)、さらに『Rio de Emocion』(2005年)以降はラテン/ブラジル音楽を消化、吸収したミクスチャーロックの作風が続き、音楽フェスティバル隆盛の時代を熱狂的なサウンドでリードしていくことになる。

自身が企画する公演ではライブハウスでのパフォーマンスに強いこだわりを持ち、日本武道館でのワンマンも2014年まで行われることがなかった。一方で映画の主題歌に起用された「静かな日々の階段を」やサッカー放送のテーマ曲に用いられた「Fantasista」「Velvet Touch」など、他のカルチャーと交わりながら人気を博す楽曲も少なくない。2012年にはIKÜZÖNEが急逝するという困難に見舞われたものの、その深い悲しみを乗り越える楽曲も生み出しながら活動を継続。メンバー個々の柔軟な別働プロジェクトが広がる一方で、バンドの結束力は一層強まっていった。2020年には、長きにわたってバンドにおける肉体表現を追求してきたATSUSHI、DRI-Vのダンサー陣も役割から身を引き脱退。しかしバンドはその後も豊かな経験を踏み台に跳躍し、ラウドで美しいミクスチャーロックを発明し続けている。

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