安室奈美恵
安室奈美恵

安室奈美恵

安室奈美恵について

アーティストとしての誇り高き佇まい、芯のある生き方。彼女の存在は、いつの時代もみんなの憧れだった。

1977年、沖縄に生まれた安室奈美恵。小学生のころからアーティストになる夢を抱いていた彼女は、ジャネット・ジャクソンの歌とダンスに魅了され、自ら進むべき道を決める。

1991年にダンスパフォーマンスグループ、SUPER MONKEY’Sの結成メンバーに選ばれ、翌年メジャーデビュー。ステージの上で圧倒的な存在感を放つ彼女がグループから独立し、ソロアーティストになるのは必然的だった。1995年から安室奈美恵の単独名義で活動するようになり、当時流行していたユーロビート調の楽曲でブレイクを果たす。

1995年からは数々のメガヒットを手掛け、一時代を築いたプロデューサー小室哲哉とタッグを組み、チャートを席巻。セカンドアルバム『SWEET 19 BLUES』(1996年)はトリプルミリオンセールスを記録し、安室奈美恵は10代にして日本を代表するアーティストとなった。街にはミニスカート、厚底のブーツ、ロングヘアなど安室奈美恵の服装やメイクを真似した女性たちが街にあふれ、彼女たちを指す“アムラー”が流行語となるほどの社会現象を生み出した。

J-Popシーンの頂点を極めた安室奈美恵は2000年代、さらなる進化をみせる。『GENIUS 2000』(2000年)のプロデューサーには、小室哲哉に加え、TLCを手掛けたダラス・オースティンを起用。ここから本格的なブラックミュージック路線へとかじを切った。2001年からは今井了介、Zeebra、VERBALらヒップホップ/R&Bアーティストとのスペシャルプロジェクト、SUITE CHICを組み活動する。

2003年、小室哲哉の手を離れた初のアルバム『STYLE』で、国内外プロデューサーと先鋭的なR&Bスタイルを切り開き、驚きとともに高い評価を得た。海外シーンと共振したエッジーなサウンドと、自立した女性像を描く凜とした歌声、そしてストイックに磨かれたダンスパフォーマンス。華やかなエンターテインメント性と先鋭的な音楽性を見事に両立させた安室奈美恵は、その後も前人未踏の記録を次々と打ち立て、カリスマ的な魅力を放った。

そして2017年、翌年の2018年9月16日に引退することを発表。その決断は社会に大きな衝撃を与えたが、彼女は引退までの1年を通して最上のエンターテインメントを国内外に届け、有終の美を飾った。変化を恐れずに進化を続け、自分の人生を力強く切り開いてきた彼女らしいフィナーレだった。

日本屈指のダンサー/シンガーとして平成の時代を駆け抜けた歌姫、安室奈美恵。最後まで自分の美学を貫き、圧倒的なスターであり続けた彼女の姿は今もなお、多くの人々の心の中で色あせることなく生き続けている。

  • 出身地
    Okinawa, Japan
  • 生年月日
    1977年9月20日

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