電気グルーヴ
電気グルーヴ

電気グルーヴ

電気グルーヴについて

日本のエレクトロニック・ダンスミュージックにおける最重要アーティストの一組である電気グルーヴ。彼らはいつも徹底的にふざけながら、音楽シーンに革新をもたらした。

1989年、石野卓球とピエール瀧を中心に結成。1991年にマッドチェスターの聖地、マンチェスターでレコーディングしたメジャーデビューアルバム『FLASH PAPA』を発表し、シュールな笑いをまき散らして異彩を放った。日本の音楽シーンのメインストリームとは一線を画すスタイルを築く彼らは異端の存在だったが、つねに根強いファンがいた。1993年にはアシッドハウスリバイバルの影響を受けた重要作『VITAMIN』を発表。およそ半数がインストゥルメンタルという構成でありながら異例のヒットを記録した。今もライブのハイライトで演奏される「N.O.」もこのアルバムに収録されている。

石野卓球とピエール瀧、それぞれ自由奔放であくの強いキャラクターを持つ2人は、まったく違う方面で才能を発揮した。ピエール瀧はテレビのMCや俳優としても希有(けう)な存在感を放ち、電気グルーヴにおいては“楽器の弾けないミュージシャン”という立場を貫く。一方、石野卓球はテクノDJとして世界を飛び回り、1999年に日本最大級の屋内レイヴパーティー『WIRE』を立ち上げるなど、道なき道を切り開いていった。各自ソロの経歴だけを取ってもエンターテインメントシーンにもたらした功績は計り知れないが、その2人が顔を合わせる電気グルーヴは確かな音楽性とタレント性を備えたユニットとして高い支持を得る。1997年の開催初年度から参加するFUJI ROCK FESTIVALをはじめ、数々のフェス/イベントにて名ステージを繰り広げ、フェス文化の発展にも寄与した。そうした軌跡は、2015年に公開された映画『DENKI GROOVE THE MOVIE?-石野卓球とピエール瀧-』によって的確に描かれている。

電気グルーヴの活動は無軌道なように見えて、その実、ダンスミュージックへの愛とストイックな感性に貫かれている。彼らは自身の作品を通して世界に通用するダンスミュージックを日本のリスナーに伝え続け、それはリスナーの音楽観を変えていった。結果として電気グルーヴは日本におけるテクノの伝道師的な存在になったが、おそらくそれは彼らにとって取るに足らない事実だろう。彼らはただ自分たちの愛する音楽を愛し抜き、やりたいことを遠慮なくやり続け、それによって多くの賛同者を得ただけなのだ。

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