福山 雅治
福山 雅治

福山 雅治

福山 雅治について

「人生は“大喜利”」と、福山雅治はApple Musicに語る。「生活の中で感じる喜怒哀楽や、時代の変化、聖人君子にはなれない自分。そういったものをいかに面白がり、感動を生むエンターテインメントとして提供できるか。それがクリエイトするということだと思います」

1969年、長崎に生まれた福山雅治。シンガーソングライターを目指したきっかけは、17歳で経験した父の闘病と他界だった。「自分にとって最もつらい時に傍らにあったのがギターであり、音楽だった」と彼は当時を振り返る。そして「思いや感情を音楽や歌詞で表現することによって、自分自身を少しでも救済すること、それが僕のソングライティングの動機でした」と語っている。

高校卒業後に一度は就職したものの、夢を追って半ば衝動的に上京した。1990年にアーティストデビューし、その翌年、テレビドラマに出演したことで俳優として人気を得る。1992年に自身も出演したテレビドラマの挿入歌「Good night」がヒットし、シンガーソングライターとしても名を上げた。ラジオパーソナリティとしても活躍し、気さくなトークで多面的な魅力を発揮した。

思春期にボブ・ディランやブルース・スプリングスティーンの影響を受けた彼は、デビュー時から骨太なロックンロールを志向していた。また、「桜坂」(2000年)など叙情的なラブソングも定評があり、なかでも女性目線で描く恋の歌は人気が高く、女性アーティストへの楽曲提供も行った。

福山雅治は時代を象徴するヒットソングを放ちながら、着実に表現者としての幅を広げていった。2010年代になると、その歌は彼の人生観を映し出す奥深いものとなる。恋の先に続く愛を歌う「家族になろうよ」(2011年)、故郷長崎にある“被爆クスノキ”をテーマにした「クスノキ」(2014年のアルバム『HUMAN』に収録)など、愛や人生、命をテーマにした重厚な作品が増えていく。

キャリアを重ねるにつれ、ふるさとや家族といった自らのルーツに立ち返る作品も増えていった。2020年のアルバム『AKIRA』は、17歳の時に亡くなった父親の名前をタイトルに掲げた。本作を彼は「51歳の僕が、長崎で苦しんでいた17歳の僕を迎えに行く旅」であると評した。

福山雅治はマルチな才能を持つスターとして長年にわたり第一線を走り続けてきたが、全てが順調だったわけではない。父の死の悲しみに暮れた思春期から、さまざまな逆境が彼の前に立ちふさがり、そのたびに強い心をもって立ち向かってきた。その反骨心こそが、ロックアーティスト福山雅治の魅力。だからこそ彼は「人生は“大喜利”」と言えるのだ。

「人生には切実なものからささいなものまで、さまざまなテーマが転がっていると思うんです。そしてその全てが、エンターテインメントという仕事をやっていく上で題材になる。それらを音楽や芝居に変換するときに、いかに知恵を使えるか、汗をかけるか。それが僕のやるべきことだと思っています」

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