椎名林檎
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椎名林檎

椎名林檎について

刹那の輝きを鮮烈に焼き付ける自作自演家から、あふれるクリエイティビティで人間の真理に迫る音楽家へ。1998年にシングル「幸福論」でデビューして以来、椎名林檎は、独自のスタイルと広い視野を併せ持つアーティストとして、日本の音楽シーンに多大な影響をもたらしてきた。

大局的な視点で死生観や人間の一生に触れ、旧字体や歴史的仮名遣いを多用した歌詞の世界や、和にこだわったビジュアルを提示する唯一無二のスタイルは、2000年代前半には確立していた。デビュー前の10代のころに書いた楽曲を収録したファーストアルバム『無罪モラトリアム』(1999年)、オルタナティブロックが全盛だった時代のムードと共鳴するゆがんだバンドサウンドをさらに推し進め、扇情的な歌詞やビジュアルも相まって音楽シーンにセンセーションを巻き起こしたカンドアルバム『勝訴ストリップ』(2000年)、バンドサウンドとオーケストラ、電子音や民族楽器、雅楽器、生活音のコラージュなどが交錯する壮大な作品世界を追求してたサードアルバム『加爾基 精液 栗ノ花』(2003年)にも、その世界観は色濃く見られる。

古今東西にわたる幅広い音楽的要素を自身のカラーに落とし込む才能もまた椎名の魅力だ。2002年のカバーアルバム『唄ひ手冥利 ~其ノ壱~』では、歌謡曲とブラックミュージックを主軸に、ロック、ポップス、ジャズ、クラシック、シャンソン、ラテンなどを大衆的かつ普遍的にまとめあげるソングライティング力を披露した。この視野の広さは「IT WAS YOU」(2003年)で楽曲提供を受けたBurt Bacharachのような熟練の作家とも通じるものを感じさせ、さまざまなアーティストへ楽曲提供や、劇伴の制作といった仕事でも発揮されている。

2003年の一時的なソロ活動休止、新バンド、東京事変での活動を経た2007年のアルバム『平成風俗』以降の作品では、ソングライター、シンガー、プロデューサーとしての才能が一つに凝縮されている。斎藤ネコ、村田陽一といったアレンジャーを迎え、ホーンやストリングスの壮麗なアレンジを施した楽曲とともに、歌詞世界もさらに深みを増し、音楽家として成熟を極めている。

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