松任谷由実
松任谷由実

松任谷由実

松任谷由実について

エンターテインメントシーンの第一線に立ち続け、前代未聞の試みを何度も成し遂げた松任谷由実。「初めてのことでも誰かがやれば、そこから飛行距離を伸ばして進化していけるから」と、彼女はApple Musicに語る。

1954年、東京生まれ。美術大学の1年生だった18歳の時に荒井由実の名でデビューし、1973年にファーストアルバムにして名作の誉れ高い『ひこうき雲』を発表した。バックバンドは、松任谷正隆や細野晴臣らが在籍したキャラメル・ママ(のちにティン・パン・アレーと改名)が務めた。

その後も「やさしさに包まれたなら」(1974年)、「卒業写真」(1975年)など時代を超えて愛される名曲を次々と生み出し、若くしてその才能を発揮した。1976年に音楽的なパートナーでもある松任谷正隆と結婚し、以降は松任谷由実として活動を続ける。

1979年のアルバム『OLIVE』を携えたツアーでは、ステージに本物の象を登場させるという驚きの演出が話題となる。アルバムのコンセプトとライブをリンクさせ、コンセプチュアルなステージを作り上げる手法は当時の日本では斬新なものであり、世に大きな衝撃を与えた。

「アルバムを作るときは、脳内で女優になる感覚。一曲一曲入魂で作っていきました」と松任谷由実は語る。「シンガーソングライターというのは自分の頭の中で構築した世界——それは一瞬ひらめいたものかもしれないし、感覚的なものかもしれないけれど、それを形にしていく。その最初に思い付いたアイデアの衝撃を持ち続けたら、ずっといいものができると思う」

1980年に極上のリゾートナンバーが並ぶ『SURF & SNOW』を発表し、1981年からは冬の恒例リゾートライブ“SURF & SNOW in Naeba”を開催している。音楽とリゾートを融合させたこのライブもまた日本では前例のないものだった。1980年代後半からは次々とミリオンヒットアルバムを世に送り出し、洒脱(しゃだつ)で繊細な世界観が人々のライフスタイルや恋愛観に影響を与えた。

1999年、ロシアのサーカス団とコラボレーションした一大スペクタクルショー“シャングリラ”を開催した。海外の一流クリエイターと共に作り上げた豪華絢爛(けんらん)な舞台が世界から注目を浴びた。「ショーアップを目指していましたね。それは私がシンガーソングライターで、プロデューサーの松任谷正隆がいて、2人でユニットのような形を組んだからこそできたことかもしれません」

2020年は“『SURF & SNOW』vol.2”をテーマにしたアルバムの制作を想定していたが、未曽有の困難が世界を襲う。そこで彼女は、“脳内リゾート”をテーマに時代と対峙した『深海の街』を作り上げた。「自分の中に安らぎや平和、未来があれば、外の状況はどうにでも超えていけると思う」と、松任谷由実は語る。彼女の音楽は、人間のイマジネーションこそが限界を超えていくと教えてくれる。

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