井上陽水

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井上陽水について

多くの名作やヒット曲を誇る希代のフォークシンガー/シンガーソングライターとして日本のポップ史上に名を残す井上陽水。どこか真ん中から外れたところにいるような、物事を外からそっと俯瞰しているかのような視点から世相を映し出す、その独特な音楽世界で他を圧倒する。1948年生まれ、福岡県出身。1972年にデビュー後、時代を象徴すると評された名曲「傘がない」(1972年)や「夢の中へ」(1973年)がヒットし、アルバム『氷の世界』(1973年)が記録的なセールスを上げるなど、1970年代のフォークニュージックをリードした。1980年代には中森明菜に「飾りじゃないのよ涙は」、安全地帯に「恋の予感」などを提供し、それらを自身でカバーしたアルバム『9.5カラット』(1984年)がまたしてもビッグヒットとなった。その後も「リバーサイド ホテル」(1982年)や「少年時代」(1990年)がチャートを駆け上がり、1990年代には奥田民生の作曲に歌詞を提供したPUFFYのデビュー曲「アジアの純真」がヒットし、再び注目を浴びた時期もあった。いつの時代も、どんな世の中でも、気がつけば必要とされている陽水の歌。その理由には、楽曲のユニークさや歌声の美しさなど、さまざまな魅力が挙げられる。ただ、そんな中で不可思議な事実として感じられるのは、歌の主人公がいつも渦中にいないような、まるで傍観者のような視点を持っていることだ。例えば、先ほどの「傘がない」などは新聞の自殺報道よりも“君”について思う自分自身を歌ったことで、当時の若者の冷めた心理を示す歌として、社会的な見地からも批評が繰り返された。また「氷の世界」「夢の中へ」「心もよう」といった有名曲も、それぞれに深刻だったり楽しそうだったりしてはいるものの、当の陽水自身はその切実さや高揚から、もっといえば希望からも絶望からも一定の距離を置き、そこから描写しているかのように感じられる。この傾向は1980年代に入り、積極的に言葉遊びを駆使して曲を作るようになったこととマッチしていった(特に画期的だったのは1981年の『あやしい夜をまって』収録の「My House」だろう)。時にはこれが「アジアの純真」の歌詞のように、非常にシュールな方向に寄ることもあり、彼自身、「少年時代」の歌い出しにある“風あざみ”というものが実在するのかどうかはチェックしたことすらないと述べている。もっとも、このつかみどころのなさ、謎めいたところも陽水の魅力の一部だ。そこに意味があるかないか、夢や希望があるのかは、もはや大きなことではない。井上陽水の歌は圧倒的な存在感をもって、聴く者の心の奥底に届く。

出身地
Fukuoka, Japan
生年月日
1948年8月30日
ジャンル
J-Pop
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