中森明菜
中森明菜

中森明菜

中森明菜について

中森明菜というシンガーには、歌姫としてのこの上ない華やかさと、歌の世界に触れると壊れそうなほどの繊細さという2つの側面がある。その絶妙なバランスこそが彼女の魅力の源であり、彼女の唯一無二の存在感はいつまでも色あせることがない。

1980年代を中心にいくつものヒット曲を放ち、「ミ・アモーレ」(1985年)と「DESIRE -情熱-」(1986年)で日本レコード大賞を2年連続受賞するという栄光を手中にした彼女だが、その歌からは、切ない思いや成就しないかもしれない願いが見え透く。激しい失恋の末の孤独を歌ったバラードの「難破船」はその最たる歌で、これは同曲を書いた加藤登紀子自身が中森に歌うように勧めたという逸話がある。

そもそも中森はアイドルとして“花の82年組”の一角でデビューした当初から異彩を放っていた。「スローモーション」や「セカンド・ラブ」といったミディアムナンバーの歌からは若々しさよりむしろ成熟が感じられ、アップテンポな「少女A」「1/2の神話」に宿る不良性は前世代の山口百恵との比較でしばしば語られる。また、クールで、どことなく重みを持ち、はかなさもありながら、その奥に意志の強さがのぞく歌は、松田聖子の対極だと位置付けられることもある。そうした彼女の歌の表現は1990年代半ばからのカバーシリーズ「歌姫」においても追求されていった。

彼女の若かりし頃の作品は昭和歌謡というレトロな視点で捉え直されることもあるが、その中でも中森の歌がいかにオリジナルであるかは一度聴けばすぐにわかるだろう。自身を語ることを滅多にしない彼女にとって、自らを表現できる歌こそが唯一の居場所なのかもしれない。

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