マドンナ
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マドンナについて

マドンナ(本名マドンナ・ルイーズ・チッコーネ)は15歳の時、黒いシルクのケープをまとい、自分が持っている一番大きなプラットフォームシューズを履いて、ミシガン州郊外の実家のベッドルームの窓から抜け出した。彼女はデトロイトまでヒッチハイクして、デヴィッド・ボウイのライブを観に行ったのだ。その夜が彼女の人生を変えた。ボウイの音楽が素晴らしかっただけではない。それから20年以上が経ち、ボウイのロックの殿堂入りの際にプレゼンターを務めた彼女はこのようなコメントを寄せている。「素晴らしいショーだった。この中性的な美しい人がいて、とことん“いかがわしく”て」と。当時のボウイのように、そして現在のカニエ・ウェストのように、マドンナはミュージシャンを超えた存在であり、最も偉大な文化的なアイコンである。スタイルとイメージを斬新かつ画期的な方法で融合し、何度となく堂々と変化を繰り返す。それが彼女のトレードマークとなった。

1958年ミシガン州ベイシティーに生まれたマドンナは、子供時代にバレエを習い、その後ダンサーとして身を立てようとニューヨークに移住した(一時期タイムズスクエアにあるダンキンドーナッツで仕事をしていたが、客にドーナッツのジャムを浴びせたために解雇された。故意か事故かは本人も明らかにしていない)。いくつかのニューウェーブバンドで活動した後、ソロに転向し、シンプルでパンクなダンスミュージックを開拓、壮大なディスコをなじみのあるスケールに落とし込んだ。例えばそれは「Borderline」「Lucky Star」といった楽曲に見て取れる。1980年代のマドンナは向かうところ敵なしの状態で、『Like a Virgin』『True Blue』『Like a Prayer』といった時代を代表するアルバムを次々に発表。プリンス同様、マドンナの音楽はストレートに訴えかけるものだったが、そのキャラクターはきわめて複雑だった。時には「Material Girl」のように高慢で、時には「Open Your Heart」のように優しく、「Papa Don't Preach」では真面目に、「Like a Virgin」では愉快に、さらには神聖にも冒涜(ぼうとく)的にも変化する。そうした多様性が、彼女の後に続く多くの女性ポップアーティストたちに表現の幅を切り開いた。

1990年代のマドンナは、ハウスやニュージャックスウィング、ムーディーなR&Bといったサウンドに手を伸ばし、以前よりも明確にセックスと力の融合(『Erotica』『Bedtime Stories』、写真集『Sex』)に焦点を移した。「ヴォーグ」からツアードキュメンタリー『イン・ベッド・ウィズ・マドンナ』までの期間は、彼女がLGBTQコミュニティの支援に力を注いだ時期でもあり、このコミュニティとの信頼関係が彼女のキャリアを決定づけた 。そして内に秘めた罪深さを受け入れたのと同じ早さで方向転換し、まずはアルゼンチンの大統領夫人エヴァ・ペロンを演じた1996年のミュージカル映画『エビータ』とそのサウンドトラックで、次に1998年のアルバム『Ray of Light』で、混沌とした世界で生きる成熟した内省的なアーティストという新たな姿を提示した。2000年代、2010年代も勢いは衰えることなく、ディスコやエレクトロや80年代ダンスミュージックのミニマリスティックな解釈を探求し、時代のサウンドを追跡し続けながらも常に彼女らしさは失わなかった。

ニューヨークでダンサーとしてのキャリアを追求していた若かりしころ、マドンナは著名な舞踏家/振付師のマーサ・グラハムから “マダムX”と呼ばれていた。その名の通り、アイデンティティが未知数のカメレオンのような女性、という意味だ。それからおよそ40年後の2019年、移住したポルトガルのリスボンの情熱的なファドに感化されたアルバム『Madame X』で、彼女はこの呼び名を採用した。

  • 出身地
    Bay City, MI
  • 生年月日
    1958年8月16日

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