ホイットニー・ヒューストン
ホイットニー・ヒューストン

ホイットニー・ヒューストン

ホイットニー・ヒューストンについて

ホイットニー・ヒューストンは、教会にも巨大なアリーナにも根差した非凡な声と歌い方で、20世紀後半のポップ/R&Bが定義される上で大きな役割を果たした。

1963年、ニュージャージ州ニューアークでゴスペルシンガーのシシー・ヒューストンの娘として生まれた彼女は、早くからモデルやシンガーとして活動し、1983年に伝説的な音楽プロデューサーのクライヴ・デイヴィスに見いだされた。1985年にリリースしたセルフタイトルのデビューアルバム『Whitney Houston』は大ヒット作となり、じわじわと燃え上がる「Saving All My Love for You」や軽やかな「How Will I Know」、感情を揺さぶる「Greatest Love of All」など、その歌声でパワーと感動をもたらした。

続く1987年のアルバム『Whitney』は、「I Wanna Dance with Somebody (Who Loves Me)」「So Emotional」といったきらびやかなクラブヒットと、「Didn’t We Almost Have It All」のような感情に訴えるバラードを見事に混ぜ合わせ、1980年代を代表するポップスターとしての彼女の地位は一層揺るぎないものになった。1991年に開催された第25回スーパーボウルではアメリカ国歌をゴスペル風に歌い上げ、1992年には恋愛映画『ボディガード』に主演。同作のサウンドトラックはヒューストンの楽曲を中心に収録され、中でも映画主題歌となったドリー・パートンの「I Will Always Love You」のカバーは、世界中で大ヒットを記録した。同年にR&Bシンガーのボビー・ブラウンと結婚し、翌年には一人娘のBobbi Kristina Brownが生まれている。その後、1995年の『ため息つかせて』と1997年の『天使の贈り物』でも映画の主演とサウンドトラックを担当し、翌年のアルバム『My Love Is Your Love』では、マライア・キャリーやミッシー・エリオットなど、他のR&Bやヒップホップの女性スターたちとの共演を果たした。

2000年代になると、ヒューストンはボビー・ブラウンのテレビのリアリティ番組に出演しながらも、ポップシーンのスポットライトから遠ざかっていった。2012年2月にヒューストンはこの世を去ったが、彼女が遺した作品の数々は今でも世界中のシンガーが目指す目標であり続けている。

  • 出身地
    Newark, NJ
  • 生年月日
    1963年8月9日

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