フリートウッド・マック

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フリートウッド・マックについて

バンドにとって緊張関係は強いモチベーションになり得るが、フリートウッド・マックほどその格言を体現したグループは他にいない。1960年代ブリティッシュ・ブルースロックバンドとして始まった彼らは、度重なるメンバーチェンジや音楽性の変化、そして複雑なバンド内のロマンスを経て、1970年代カリフォルニアポップの手本となった。1967年にロンドンで結成されて以来、ドラマーのミック・フリートウッドとベーシストのジョン・マクヴィーはリズム隊としてバンドを支えただけでなく、もう一つの役割も果たしていた。「Black Magic Woman」(サンタナによるカバーが有名)や穏やかなインストゥルメンタル曲「Albatross」(ビートルズが『Abbey Road』収録の「Sun King」でまねをしたと公言)などの初期のヒット曲制作に貢献した新進の神業ギタリスト、ピーター・グリーンをはじめとする並外れた個性のミュージシャンが次々と入れ替わるバンドを、2人は精神的に支えたのだった。1970年にグリーンが脱退した後、バンドはダニー・カーワンやボブ・ウェルチなど、メンバーの交代を繰り返し、その間にキーボーディストでマクヴィーの妻でもあるクリスティーンがボーカルとして加わるようになった。ロサンゼルスに拠点を移した後、ボーカルやソングライティングも手掛けるリンジー・バッキンガムと、彼の音楽と恋愛におけるパートナーのスティーヴィー・ニックスが加入。1975年にセルフタイトルアルバム『Fleetwood Mac』をリリースし、ソフトロックのヒットメイカーへと転身を遂げた。「Rhiannon」「Landslide」でのニックスのメインボーカルは、バンドの爽やかなサウンドの核心に宿るダークな神秘性を明らかにした。突然もたらされた成功によってバンド内の長年にわたる人間関係が崩壊していく中、彼らの次の作品は実質的にカップルセラピーとしてのロックアルバムという新しいジャンルを生み出すことになる。1977年の『Rumours』で、フリートウッド・マックはこれ以上ないほど辛辣(しんらつ)な失恋ソングを最高にスムーズでセクシーなアレンジメントで飾り立て、4,000万枚を超えるセールスを記録した。このアルバムの魅力は、コートニー・ラブが影響を受けた作品に挙げると同時に、ビル・クリントンの大統領選挙キャンペーンのサウンドトラックとして使われたこともあるほど普遍的なものだ。しかしバンドはポップスターの型にはまろうとせず、1979年の当時2枚組の大作『Tusk』はリンジー・バッキンガムのポストパンク志向が露呈したアルバムになり、当時は商業的には失敗作と見なされたものの、耳の肥えたインディーロッカーの間ではカルト的名作として愛されてきた。そして1980年代にはより簡素化された『Mirage』や『Tango in the Night』などの作品で堂々たるポップ性が再び表に出たが、フリートウッド・マックから事件やバンド内のもめごとがなくなることはなく、はた目からは何の前触れもなく主要なメンバーが入れ替わる状況が続いた。2018年にバッキンガムが脱退すると、クラウデッド・ハウスのシンガーのニール・フィンと、トム・ペティのバンドメンバーだったマイク・キャンベルが加入した。2人の大物ミュージシャンを後任に迎えたことは、フリートウッド・マックが数々のヒット曲をリリースし、別れを重ねた50年を経てもなお、明日に目を向けるのをやめるつもりはないことを証明している。

出身地
London, England
結成
1967年7月
ジャンル
ロック
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ラテンアメリカ、カリブ海地域

米国およびカナダ