フランク・シナトラ
フランク・シナトラ

フランク・シナトラ

フランク・シナトラについて

1915年ニュージャージー州ホーボーケンに生まれたフランク・シナトラことフランシス・アルバート・シナトラは、20世紀のポピュラー音楽に比類なき影響を与えたシンガーである。エルビス・プレスリーやマドンナ以前に、彼はペルソナと音楽を自在に変化させる術をマスターし、50年間も時代のアイコンであり続けた。

ハリー・ジェイムス楽団やトミー・ドーシー楽団での専属歌手を経て、シナトラは1942年にソロ活動を始める。1998年に他界するまで、趣向を凝らしてテイストを変えながら、つねに歌詞の意味に深みと重みを与える歌い回しで楽曲を解釈していた。初期の甘くはかない歌い方で彼はスターダムを昇りつめ、誰もが認めるティーンアイドルとなる。思春期の女の子たちは、優しさともろさを併せ持つロマンチックな歌唱力に夢中になって彼のファンとなり、黄色い歓声を上げた。

第2次世界大戦後、シナトラはスレンダーだった体形から体重を増やし、演出上の小道具にアルコールを用いて性的な魅力を高め、粗野な気取らなさをアピール。それが新しいファンの共感を呼んだ。1953年に彼は音楽上の新しい転機を迎え、若々しい輝きを内省的な方向へ転換。聴き方によってさまざまに解釈できるような含みのある歌い方をし、編曲者ネルソン・リドルと共作した一連のアルバムではダークな響きを盛り込んだ。都会の快楽主義讃歌、恋愛的欲望への渇望、孤独に対する熟考といったテーマを盛り込みながら、シナトラはLPというレコードの新たなフォーマットを活用し、1955年の『In the Wee Small Hours』ではコンセプトアルバムの先駆者となった。

1960年にはReprise Recordsという自身のレーベルを創設し、ラスベガスでの豪華な生活で道楽者としてのイメージを提示し始める。1970年代はレコーディングからは遠ざかっていたものの、1980年にはノスタルジックな「Theme from New York, New York」をはじめ、数々のヒット曲を飛ばした。彼の影響力は、マイケル・ブーブレのような後継者の音楽やジェイ・Zのビジネスの才覚など、今日も面影をとどめている。

  • 出身地
    Hoboken, NJ
  • 生年月日
    1915年12月12日

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