バッハやヘンデルの生年でもある1685年にイタリアのナポリで生まれたドメニコ・スカルラッティは、輝くような単一楽章のチェンバロソナタでよく知られている。スカルラッティは、父親がトップクラスのオペラ作曲家アレッサンドロという音楽一家に育ち、イタリア、ポルトガル、スペインと拠点を変えながら活動した。ローマではサン・ピエトロ大聖堂の聖歌隊の監督に任命され、10声の響きが美しい『Stabat mater』を書いている。その後ポルトガルでの活動を経て、スペイン王室に嫁いだ生徒のマリア・バルバラと共に、1729年にセビリアへ、1733年にマドリードに移る。スカルラッティによる555曲余りのチェンバロソナタのほとんどは、彼女のために書かれたものだ。楽曲のオリジナリティが重んじられない時代にあって、彼の“指が喜ぶような”ソナタは、紛れもなく個性的なものだった。スペイン民謡のリズムや癖のあるメロディを取り入れ、右手と左手の派手な交差を多用したこれらのソナタは、当時スペインの宮廷で使われていたチェンバロや初期のピアノなどの楽器のバリエーションを反映したもので、それぞれに個性的な響きを持っている。中でも特に広く親しまれているものの一つとして、カスタネットのような装飾音と行進曲のような抑揚が印象的な『Sonata in E major, K. 380』を挙げることができるだろう。スカルラッティは1757年にマドリードで亡くなったが、以後のどの時代においても彼の作品が忘れられることはなかった。これはバロックの作曲家としては珍しいことである。