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- 2025年12月11日
- 2曲
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ザ・ローリング・ストーンズについて
ザ・ローリング・ストーンズ以前にロックが存在しなかったわけではない。しかし彼らが打ち立てたほどのスケールや影響力、もしくは完璧なアティテュードがあったとは言えない。それは彼らの他者性と関係があるだろう。彼らが模倣したアメリカのサウンド、つまりブルース、カントリー、R&Bが自分たちのものではなかったからこそ、彼らはそれらの音楽に対してより一層畏敬の念を抱き、自由な探求心を持ったかのように映る。彼らの本領が発揮された音楽は、遺跡の発掘のように過去と現在を対話させながら展開する。古典的で時代遅れのようなサウンドの中に、彼らは新鮮な意味とつながりを見いだしていく。ミック・ジャガーはかつて、45歳で「Satisfaction」を歌うくらいなら死んだ方がましだと言った。もちろん彼の世代には、比喩的であれ真実であれ、同じ態度を取ったアーティストが他にもいた。しかしたとえロックな生き方ではないにせよ、ザ・ローリング・ストーンズは生きる道を選んだ。キース・リチャーズが駅のホームで、マディ・ウォーターズとチャック・ベリーのレコードを持ったミック・ジャガーを見つけたことが始まりだった。シンガーのミック・ジャガーとギタリストのキース・リチャーズは1962年にバンドを結成し、ジャズドラマーのチャーリー・ワッツとベーシストのロン・ウッドをメンバーに加えた。やがてブリティッシュ・インヴェイジョンの先頭に立つ存在になり、テディベアのような存在のビートルズとは正反対の問題児になった。「Ruby Tuesday」「Mother’s Little Helper」のように、1960年代半ばにはフォークとサイケデリアに手を出したこともあったが、一周して「Under My Thumb」や「Paint It Black」のような粗削りのダークなサウンドにいつも戻ってきた。いくつかの例外(ビートルズのシェイスタジアムでの最終公演など)を除けば、“アリーナロック”という概念はザ・ローリング・ストーンズが現れるまで存在しなかったといえる。そのための基盤、つまり技術力がなかったからだ。カントリーを無秩序に取り入れた『Beggars Banquet』や『Exile On Main St.』、自信に満ちた『Some Girls』など、彼らは1960年代後半と1970年代に数々の名作を出しながらも、彼らのレガシーが築かれたのはライブのステージ上だった。小さなクラブの汗だくの興奮をホッケーリンクやフットボールのスタジアムへとスケールアップさせ、スタジオは休息ではなく鍛錬の場として利用していたのだ。ミック・ジャガーの75歳の誕生日を記念して、ドイツの昆虫学者が同僚を説得してバンドのメンバーにちなんだ名前を化石に付けた。長命な彼らに対する、愛のこもったユニークなオマージュといえるだろう。ジャガーは76歳の誕生日に休みを取ったものの、その翌日の晩には、バンドはツアーに戻ったのだった。
- 出身地
- London, England
- 結成
- 1962年
- ジャンル
- ロック