

『UGLY』はずっと作りたくても作る術がなかったアルバムだと、スロウタイは言う。過酷なまでに自分を見詰めた2021年のアルバム『TYRON』の後、ラッパーの彼(本名:Tyron Frampton)は、混乱して鬱(うつ)状態になっていた。「口数が減って暗い気分で、何をやっても楽しくなかった。自分が自分でないような気がしていた」と、彼はApple Musicに語る。「これを掘り下げたことで、また自由になれた。触発されたんだ。期待されることをやるだけじゃなく、新しいことをやって自分にチャレンジしてみたくなった」。ニルヴァーナやレディオヘッドなど、10代の頃に大好きだったバンドを参考にしながら、スロウタイはプロデューサーのダン・キャリーとKwesDarkoと組み、マルチインストゥルメンタリストのEthan P. FlynnやビーバドゥービーのギタリストのJacob Bugden、Shygirl、JockstrapのTaylor Skye、ドラマーのLiam Toon、さらに仲のいいFontaines D.C.など、一流のプレイヤーを集めてチームを作った。Framptonが言うには、その目的はそれまでの2作のアルバムでの制作方法から離れ、ジャム演奏から曲を組み立ててライブ録音をすることだった。「『このサウンドとこのサウンドとこのサウンド』って感じですべてをコンピューターでやるんじゃなくて、自然な曲作りをしてみたかった」と、彼は言う。 その結果生まれたのが、スロウタイ史上最もダイナミックで革新的なアルバムだ。叩き付けるエレクトロビート、硬派なポストパンクのグルーヴ、ビートの効いたインディー、ネオソウルのバラード、さらに広範にわたるロックも取り入れつつ、それでいて一貫性のある作品なのだ。それを可能にしているのは作品の軸となるFramptonのラップにおけるデリバリーであり、思索の時期と同時に起きた創造的なリセットである。「自分の中に愛を見いだすこと、時間をかけて最高の自分になることがテーマだ」と彼は言う。「人生について、自分の旅についてじっくり考えること、そして子どものころに戻って、一つのジャンルに縛られずに自由であること」。『UGLY』は、解放されたスロウタイのサウンドだ。そんなアルバムを彼自身が全曲解説する。 Yum これはアルバムに入るとは思いもしなかった曲。みんなでジャム演奏していて、ダンがあのモジュラーシンセの音色を気に入ったんだ。僕が「めちゃくちゃにハードなやつをやろう」って言って、みんなでジャムり始めて、僕が冗談半分で普段は言わないようなこと、普段なら「だめだ、こんなこと言えない」って思うようなことを口に出していって、そうやって出来た曲だ。意味としては二つの異なる方向に引っ張られるというか、父親であることや成長して人として成熟することと、その一方で友情とかそういう自分の楽しみにも引っ張られている。 Selfish タイトルがすべてを物語る。自分をもっと大事にすることがテーマで、自分を愛さなくちゃいけないし、そうでないと人を愛することはできないわけで、自分のために時間をかけて、人から求められることや人が正しいと思うことよりも、そういうつまらないものは全部排除して、自分に必要なことをやろうってこと。結局のところ、世界は自分のもので、運転席にいるのは自分なんだから。他の誰にもやらせちゃいけない。生まれる時には母親以外には誰もいなくて、死ぬ時には誰もいない。いるのは自分だけなんだから、自分を最優先するべきだ。 Sooner この曲のテーマは、そもそもどこにも行く必要はなくて、これから明らかになることは全部初めからすでに知っていたと気付けるようになることだ。僕はそんな旅に出ていて、道を失ったところから、若くて気楽で何も気にせずに、「ああ、これは自分らしくない」なんて思わずに、自分がやりたいからやるという状態へと戻っていった。もう一度子どもになって、恋に悩みながら(プジョーの)306を乗り回して、何も気にしないで心配事も何もないような状態に。一番幸せだったのはその頃だ。生きるために生きていて、責任はなかった。そんな理想と当時の考え方。それが僕にとってのこの曲の意味なんだ。もっと早くそこにたどり着けたら良かったのにっていう。 Feel Good この曲を作った時は調子が悪くて、ひどい気分だった。これは僕なりのマントラだ。誰にでも悲しいときに気分を上げるために聴く曲とか、泣きたいときに聴く曲があるものだけど、僕はひどい気分のときこそ立ち上がって、「いや、僕はいい気分だ!」と思える曲を作りたかった。それに、繰り返しの多いポップソングも作ってみたかった。ポップソングじゃないポップソングのような。 Never Again 僕にとって、この曲は『ウエスト・サイド・ストーリー』みたいだ。一人の若者が自分の夢を追いかけて、子どもの頃に付き合った人がいたけど別れて自分の道を行って、夢を叶えて地元に戻ってくるんだけど、幼なじみの恋人は他の男と恋に落ちて、家庭を持っていて、その男が悪い奴で、結局は悲劇になるんだ。だって彼女を救うことはできなかったわけで、彼のものにはならないから。つまり言いたいのは、「もう二度としない、誰かを救えたかもしれないのに、大事なものを置き去りにして夢を追いかけるのに夢中になったりするもんか」ってこと。これはラブストーリーなんだ。 Fuck It Puppet 1曲目に出てくるセラピストが、「fuck-it puppet」の話をしてくれた。例えば友達とパブに行って、「男同士で楽しくやろう」ってなって、「飲みなよ!」って言われて、「いやあ」って答えると、訳の分からない奴が近づいてきて、誰にでもあることだけど、「いいから、一杯だけ」って感じで、それでこっちが「嫌だよ!」って言うと、「いいから、飲めよ!」ってしつこいから、一杯飲んじゃうと、2杯目も飲んで、「いいね、もう一杯!」ってことになる。それでこっちが「いや、飲み過ぎちゃうから」って言うと、「いや、大丈夫、大丈夫、いいだろ」って言われて、気が付けば20杯飲んで、酔いつぶれてしまう。それはみんなの心の中にある声で、だめだと分かってるのに大丈夫だと唆(そのか)してくるんだ。 HAPPY これはこのアルバムのアンセムだ。何をやるにしても、幸せより価値のあるものはないと言っていて、笑顔になるためなら、本当の幸せを感じるためなら、そして他の人が幸せになるのを見られるなら、今すぐすべてを捨ててもいいってこと。気分良く幸せでいることよりも大事なものなんて何一つないってことに気付いていく過程を描いてる。 UGLY ロシアとウクライナの戦争が始まった時の思いがベースになってる。家父長制について考えされられて、他人の戦争をさせられること、夢を売り付けられるというか、参加するべきだと社会に強制されることについて考えた。人は何かをやらせようとして、おだてたりしていろんなことを言ってくるけど、奴らの動機は必ずしも善意じゃない。だから「U-G-L-Y」というのは、「You've got to love yourself / You can't be part of anything else(自分を愛さなきゃだめだ/自分以外のものに属するな)」を意味する頭字語なんだ。このアルバムの最初のタイトルは「Wotz Funny(何がおかしいんだ)」だったけど、十分に意味が伝わらない気がした。それで「UGLY」が気に入った。そこに込められた思いと、常識に逆らってるところが気に入ってるんだ。 Falling この曲を作りながら、宇宙服を着たサルが宇宙空間を漂ってるところを想像していた。永遠に漂ったままで、行き先もなく、居場所もない。そこにあるメッセージは、自分の殻に閉じこもって、心の奥底にどんどん落ちていって、自動操縦で生きるようになって、毎日ふわふわと浮かんでるみたいで、常に心がここにない状態にある気がするってこと。それは愛が冷めて、人生から脱落するっていうことだ。 Wotz Funny 生まれや育ちが違うと、例えば僕には柵で囲まれた家や家族もなければ両親もそろってなくて、そういう育ちじゃないから、僕にとっての普通は、そういう育ちをして守られてきた人たちとは違う。だから僕にとっておかしいもの、世界の大多数にとっておかしいものを理解できない人たちがいて、僕たちは偏見の目で見られてしまう。ここで僕が並べてるのは、人は笑いがちだけどちっとも面白くないことばかりだ。ホームレスになったジャンキーの教師とか、必死で働いてるシングルマザーとか、団地にいる酔っぱらいで仲間をいじめまくって手に負えない野郎とか。まったく笑えないのに、大勢の人がおもしろがってるのは皮肉なことだ。 Tourniquet この曲のテーマは成長するために身を削ることで、『Nothing Great About Britain』(2019年のアルバム)の「Dead Leaves」に似てる。引き返す道も、つながりのあるものも、善悪の基準となるものも全部捨てて、先へと進んで、とにかく新しい場所に向かって、前に進むために自分自身を切り刻んでいくんだ。例えば、バスの下敷きになって、足を切断しないと死ぬとしたら、どうするか?ってこと。切断したいと思うだろ? 25% Club これは「Yum」の前に書いた曲。対になる曲で、ハリー・ポッターとヴォルデモートの杖みたいだ。誰にでも自分に足りなくて探し求めてるものがあって、「自分はどうしてここにいるんだ?」っていう疑問は一生解き明かせない。欲しくてたまらないものだけど、その欠落を埋めることはできないんだと思う。いつだって25%欠けたままなんだ。“25%クラブ”は、僕たちみんなが属するクラブで、人であれ物であれ何であれ、自分を100%にしてくれる25%をそこで見つけて、完全な自分になれる場所なんだ。完全になりたいと願う世界において、それは神話であり、自分の欠けた部分を見つけて完全になれるという誇大妄想なんだと思う。