

「一曲入魂という感じで1曲ずつ一生懸命作って、それを並べたらトータル30分くらいのアルバムだった」と、日本語ラップの頂点に立ち続けてきたKREVAは本作『Project K』の制作を振り返る。「20周年とか10作目のフルアルバムということは一度も考えなかったです」。長年所属してきた事務所を離れて独立を発表後、入院中の母の闘病生活を支えながら、新事務所に設置したStudio B.i.B.で本作のレコーディングが行われた。音楽生成AIツールを駆使した挑戦的なビートメイクを行う一方、オープニングナンバー「No Limit」やBACHLOGICがプロデュースを手掛けた「口から今、心。」が象徴するように、ラップに対する過去最高のパッションとスキルがほとばしっている。謙虚に学びながら長い音楽人生を歩み続ける強い思いが込められた「Forever Student」や、亡くなった母とのやり取りからインスピレーションを得た「次会う時」など、一曲一曲に全精力を注いだ楽曲の濃密さとトピックの多彩さ。それらをまとめ上げるKREVAというラッパーの勢いと存在感が、長いキャリアの大きな節目を鮮烈に焼き付ける。ここからは、KREVA本人がApple Musicのために収録全曲を紹介する。 No Limit アルバムの楽曲群のなかで最初に完成していた曲であり、手応えとしても当初から“絶対的な曲”でした。いつもはだいたいトラックを先に作って、あとで歌詞を書くんですけど、この曲はすぐに勢いのまま歌詞を書きました。衝動で作り切った上で、その粗さをも高いスキルに転化できた曲ですね。完全に自分の身体の中にラップが入っているし、今すぐここで歌うこともできます。トラックを作るスピード感、歌詞を書くスピード感、曲が完成するまでのスピード感。すべての勢いがうまくいきました。この曲に関しては、いつ聴いてもカッコいいなと自画自賛できますね。 口から今、心。 日々の習慣として、もう何年も毎朝文章を書いてるんですが、ある日「唸る」って「口から、今、心」って書くんだと発見して、その時に「曲にできる。勝った」と思いました(笑)。唸るときって、たとえば食事をしていて最高に料理が美味かったときに口にまだモノが入った状態で思わず「うーん」ってなるじゃないですか。すごいスキルのラップを聴いていた時もそうなるだろうなと、料理店のシェフに例えて歌詞を書いた感じです。この歌詞に合うビートがないと思い、BACHLOGICにトラックプロデュースをお願いしました。ジャンル的には現行のフォンク味があっていいなと思います。ちなみに「最近イケイケのモノがない」という声ネタはAIで生成したものです。 TradeMark 俺とダンサーのTHE D SoraKiがアンバサダーを担当した『Shibuya Street Dance Week 2023』のテーマソングです。SoraKiに5曲くらいからこのトラックを選んでもらいました。ダンサーが踊りたくなるビートでもあると思うんですよね。この曲もジャンル的にはフォンクの影響下にあるサウンドだと思います。歌詞に関しては、ダンサーが踊りたくなるということを考えると、意味が強かったりメッセージ性があったりすると邪魔になるかなと。本当はクラブで「イェーイ!」って言える感じがいいんだけど、俺がそういう歌詞を書くのも違うと思って。どうしようか悩んで、意味を超えていく圧倒的言葉量で韻を踏み倒してラップしようと思いました。その結果、自分で自分の首を絞めましたね(笑)。夢の中でもこの曲のことを考えて起きるくらい、作詞と向き合い、歌詞を書き上げるためにかなりの時間を使いました。 IWAOU 「口から今、心。」の他にも、1980年代後半から1990年代初頭のヒップホップみたいな声ネタが入っている曲があればいいなと思って。俺の中では次の「ラッセーラ」に繋がる曲という意識もありました。「ラッセーラ」とKing & Princeに楽曲提供した「ichiban」、そしてこの「IWAOU」は、ヒップホップに和のテイストを織り交ぜるという点も含めて全部同じ作り方をした兄弟のような位置づけなんです。歌詞はAIに導いてもらった感じです。ヒップホップ発祥の地をブロンクスとするかクイーンズブリッジ団地とするかという論戦、いわゆる「ブリッジバトル」時代のクイーンズ側のラッパーみたいなお題をAIに投げたら、冒頭の「I Break Free and Celebrate!」という声ネタがそのまま出てきて。このフレーズを基に自分で自分を祝うって面白いなと思い、ライブのお客さんを想像しながら歌詞を書いていきました。 ラッセーラ 青森市からダンスの取り組みを盛り上げたいというオファーを受けて作った曲です。いつもお願いしているニューヨークの大御所エンジニア、クリス・ゲーリンジャーのマスタリングによって笛がさらに立体的に聞こえるようになって、それがとてもいいなと。あらためて、この曲を完成させるためにすごく頑張ったし、成長したなと思います。俺の母が弘前市出身で、青森は自分の出生地でもありいろんな縁がありますが、まさか自分がねぶたのフレーズにコード進行を付けるなんて思ってもみなかったし、すごくいい機会をもらえました。歌詞の冒頭で「挑戦を恐れず誇れる」とラップしていますけど、それは青森市のキャッチコピー「挑戦を誇れる町 青森」からインスパイアされたものです。俺をよく表しているフレーズだなと思います。 Project K Interlude アルバムをイメージして曲を並べた時に「うまく繋がらないな、どうしよう?」と思って。2024年にたくさん作ったトラックの中から、アルバムの前半と後半を繋げられる役割を担えそうなインストのトラックをここに入れました。 Knock トラック制作の手法におけるサンプルのチョップ&フリップは、もともとかなり得意だと自負していますが、この曲は特に上手くいっていると思うし、アルバムの中でかなり気に入っている曲です。ここでもコーラスを作る上でAIを駆使していて、15人分のコーラスを生成してもらいました。サビも含めてAIに歌わせるというアイデアがいい感じに着地しましたね。歌詞は曲作りや音楽について歌っていて、目の前にあるマイクや機材も歌詞の言葉にする、あるいは曲作りしている状態をそのまま歌詞にしてみるみたいなイメージです。「顔がなくてもあなたは美人」というフレーズは以前、俺が似たようなことを実際に言ったらしくて。それって音楽にも言えることだなと思って、こういう歌詞になりました。 Forever Student 楽曲のあり方として、すげぇラップしている曲とも言えるし、歌っている曲とも言えるので、アルバムに入れる際にどの位置に置くか熟考しました。あらためて、自分自身にとっても重要な曲になったと思います。亀田誠治さんが「今年、一番良かった」ってメッセージをくれて、それもうれしかったですね。「Forever Young」という言葉に対して思うところがあって。もちろん自分もそうありたいけど、それを現実にするのは難しい。でも、「Forever Student」だったら一生体現できることなんです。たとえば90歳になって書道教室に通い始めることもできるし、人生における教訓だって得ることができる。人は歳を重ねるとどうしても型にはまっていくけど、フレッシュであり続けたいと俺は思うし、そういう姿勢を歌った曲ですね。 Expert もはや懐かしいとさえ感じる曲ですね。CMに起用されて今もテレビなどで流れているようで、ありがたいかぎりです。けっこう時間をかけて作った記憶があります。この曲を作りながら後半に転調していく面白さを改めて感じました。その経験が「Forever Student」の制作で曲の展開を作るときにも役立っていて。そういう風に他の曲にもいい影響を与えているのが「Expert」だと思います。 次会う時 アルバムの中で一番新しいトラックでもあるし、作りながら早い段階で「かなりいいトラックになりそう!」と手応えがありました。この曲を作る前に、作詞をすること自体に苦戦していて。入院していた母に会いに行って「どんな曲を作ったらいいかな?」って聞いたんです。そしたら「日本中が元気になるような曲が聴きたい」と言われて。いや、日本中は難しいよって思いながらも、母のその言葉を受けて「Forever Student」の「自分から日本中にエールを」というフレーズが出てきたりして。母の闘病期間の後半は、リハビリも全然できなくなり、最初のころは頑張れ、頑張れって言っていたんですが、「いや、もう頑張らなくていい。次また会えたらそれだけでいい」って思ったんです。それってライブに来てくれる人たちに対しても言えるなと思って。そんな気持ちがこの曲の歌詞になりました。 New Phase このアルバムではいろんな曲でAIを使ってサンプルになるネタを作りましたが、中でも特に手応えのある曲ですね。2024年は独立したこともそうだし、自分の人生や音楽活動においても、そして世の中的にも新しいフェイズに入った年だと思うんです。それこそAIとの制作やチョップ&フリップのやり方などにおいて、このアルバムを作りながら音楽的にも新しい方向性が見えてきた。それと同時にプライベートでも母の闘病だったり、なかなか浮き沈みの“沈み”ばかりに意識が向いてしまって、“浮き”を感じる時間が少なかった。でも、それは日本中でいろんな人が感じていることでもあると思ったんです。そういう思いもひっくるめて、この新しい局面に入った時代に対して「とにかく一つひとつのことと向き合いながら、先に進んでいこう」と歌っている。そういう曲になったと思います。