It Was Good Until It Wasn't

It Was Good Until It Wasn't

「この作品が完成するまでに、何度も試行錯誤した」。アルバム『It Was Good Until It Wasn't』について、KehlaniはApple Musicにこう語ってくれた。Kehlaniの公式セカンドアルバムはこの不安に満ちた時代、多くの人たちが手元にあって当然の日用品をストックしたり、手に入らないものを切望したりと、物理的・精神的にも他者との距離が開いているこの時期にぴったりのタイミングで届いた。アルバムの冒頭を飾るスムースな「Toxic」の最初の数秒が現状を端的に描く。「ひとりでいる時にこそ、表現する責任があると思う」本作のメインかつ身近でもあるテーマはすぐに現れる。それは、必要と欠如の間に存在する感傷と現世、精神と肉体の永遠の対立関係だ。例えば、生々しい誘惑「Can I」や、魅惑的な占星術「Water」では、セクシーな欲望をくすぶらせつつも、コントロール可能な感情と自信で包み隠し、代わりに身のこなしで相殺。他にも、Kehlaniは次々と違うポーズを取ってみせる。Masegoの輝けるサックスが彩る「Hate The Club」ではパッシブ・アグレッシブ(人格的欠陥による受動攻撃性)を表現し、「Can You Blame Me」ではプライドに抗(あらが)う駆け引きを映し出す。また、「Open(Passionate)」ではむき出しの感情と不安な心情を描く。要するに、Kehlani自身も「F&MU」で歌うように、"大嫌い"がベッドルームではいとも簡単に"愛してる"に変貌することを赤裸々に伝えているのだ。しかし、その全体像は決して整然かつシンプルなわけではない。このアルバムが秀でている点は、一度に多くの表情を見せ、しかも多くの面で矛盾する人間だが、それでも誠実だとの表現にあるだろう。個人的な出来事を普遍的に扱うのは当然としても、自身の経験を掘り起こしながら平然と特異性を表現する時、Kehlaniは卓越した才能を見せる。オークランド出身のKehlaniは「今の恋愛関係は、ちょっとだけ両親のことを思い出す」と語る。亡くなった父親は、Kehlaniが小さい時に「ギャングと近しい環境にいた」と付け加える。「そのことが制作中の楽曲と共に、自分の頭の中に飛び込んで来た」。それを端的に示すのが、アルバムの中でも非常に強烈な「Bad News」だ。曲中でKehlaniは恋人に、2人の関係を危うくするような彼のライフスタイルよりも、自身を選んで欲しいと乞う。Kehlaniが弱みを見せる時は、いつだってパワフルになれる時だ。それがエッセンスとなり、音楽を通じて弱さを再び強さに変えることができるからだ。『It Was Good Until It Wasn't』が届く2020年の5月は多くの人々が自宅待機、そしてソーシャルディスタンスを保った状況である。しかしこのアルバムは、たとえそれがが頭の中であっても、リスナーを別の場所へと連れて行く手立てとなるだろう。Kehlaniは人間関係だけではなく、生産性すらも脅かすこの隔離された時間において、絡まり合った複雑な関係性をしっかりと捉えて見せる。「この自主隔離の中で、自分自身を感動させることができたのが最も大きかった」とKehlaniは語る。「何があろうと、これまでリリースした中でこのアルバムが一番のお気に入りということに変わりはない」

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