Heartbeat City

Heartbeat City

MTVより先に生まれたバンドには珍しく、ザ・カーズは首尾良くビデオスターへの転身を遂げた。彼らの5作目となる『Heartbeat City』は、後に『ローリングストーン』誌が「ポップの黄金年」と呼んだ1984年にタイミング良くリリースされ、ザ・カーズにとって最大のヒット作になったものの、バンド内に不満が募って解散を後押しすることになってしまった。 ザ・カーズのメンバーは、ドラムマシーンやサンプラーといった新しい録音技術を取り入れようと決意。スタジオでの助っ人として雇われたのは、デフ・レパードやフォーリナーのヒット作を手がけてきたRobert John “Mutt” Langeで、完璧主義で知られる彼が新たにプロデューサーを務めた。バンドの1978年のデビュー作は2週間でレコーディングされたが、一方『Heartbeat City』は、諸説あるものの、6~9か月もかかってしまったという。その原因の大半がLangeが仕事の鬼だったからで、彼はベンジャミン・オールのベースのチューニングだけに2日を費やすことも何とも思わなかった。そうして完璧を追い求めた『Heartbeat City』には圧倒的なパワーが宿り、ほとんど人間味が感じられないほどに飾り立てられている。リック・オケイセックが後にこのアルバムの音楽は「よそよそしく感じる時がある」と認めたくらいだ。 現代的なテクノロジーへの傾倒は、ギタリストのエリオット・イーストンとドラマーのデヴィッド・ロビンソンの主な見せ場を奪い、オールのリードボーカルも2曲にとどまった。『Heartbeat City』に残されたザ・カーズのトレードマークといえば、聴けばすぐにそれと分かるオケイセックの歌声と、グレッグ・ホークスのキラキラしたキーボードくらいで、彼は「Hello Again」に最高のフックを一つ、いや実際は二つ加えている。 音楽の方向性が変わったとはいえ、『Heartbeat City』からは「You Might Think」「Magic」「Hello Again」などのシングルが生まれ、さらにオールが歌った大ヒット曲「Drive」は、ファンが誤ってロマンチックな曲だと思い込んでいる陰鬱なポップソングという珍しいリストに名を連ねた。この軽快なバラードには穏やかで親密な雰囲気があり、オールのボーカルはシルクのシャツを音にしたかのようになめらかだが、実は歌詞が辛辣(しんらつ)で、悪意があるとさえ言えるかもしれない。「君が叫ぶとき、耳をふさぐのは誰なんだ?(Who’s gonna plug their ears when you scream?)」といった具合に。 オケイセックは冗談で、バンドが『Heartbeat City』の制作中に4回解散したと言ったことがある。5作目のアルバムにもなって、突如主要なメンバーが脇に追いやられる事態になれば、不満が生じるのも当然だろう。この後にもう1作アルバムを出し、永久的に解散してしまったザ・カーズ。成功を収めたとはいえ、『Heartbeat City』こそが、バンドのメンバー同士を仲たがいさせてしまったアルバムであることは明らかだ。

国または地域を選択

アフリカ、中東、インド

アジア太平洋

ヨーロッパ

ラテンアメリカ、カリブ海地域

米国およびカナダ