GUTS (spilled)

GUTS (spilled)

2作目のアルバムを作ろうとして、オリヴィア・ロドリゴは固まってしまったという。「ピアノの前に座るたびに、これを聴いて他の人がどう思うだろうって考えずにいられなかった」と彼女はApple Musicに語る。「何を歌っても、『ああ、でもあれこれ言われるだろうし、何かと憶測されるよね?』って思ってしまって」 2021年の『SOUR』が盛大に迎え入れられ、同年のグラミー賞で3部門、Apple Music Awardsでもトップアルバムとブレイクスルー・アーティストを含む3部門で受賞したことや、話題をさらった衝撃的なファーストシングル「drivers license」の後で噂話の的になったことを考えれば、彼女の不安も理解できる。あのアルバムの大半は彼女が何の期待もされずに、一度もライブをしたことがないまま自宅の寝室で作り上げたものだった。リリース日の前週になって、当時18歳のシンガーソングライターは初めてライブパフォーマンスを行うことになる。舞台はロンドンで行われたブリット・アワード授賞式と、ニューヨークのテレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』、オーディエンスはテレビの向こう側にいる数百万人の視聴者だ。初々しいデビューというより、ロドリゴはすでに“出来上がって”いた。 しかしそんな大騒ぎや、(他ならぬコロナ禍に)見事ソールドアウトした初ツアーのプレッシャーをものともせず、待望の次作かつ久しぶりの曲作りに挑もうとする中で、彼女は気が付いた。「自分がラジオで聴きたいような、プレイリストに入れたくなるような音楽を作ればいいだけなんだって。音楽を作るアーティストとして私の仕事はそれだけで、その他は何一つ私にコントロールできることじゃない。本気でそう思えるようになったら、いろんなことがずっと楽になった」 Dan Nigroという信頼できるプロデューサーと組んで制作された『GUTS』は、自然な進化でもあり自信満々の次のステップでもある。より壮大で洗練されたアレンジが施され、「ヴァンパイア」をはじめとする今作の重要なピアノバラードはより一層作品としての重みを増し、ホールとキャット・スティーヴンスの「ヒア・カムズ・マイ・ベイビー」を足して2で割ったような「オール・アメリカン・ビッチ」のポップパンクはさらにパンク感を高めている。『SOUR』がある意味傷心を癒やそうとするロドリゴのサウンドだったとしたら、『GUTS』での彼女はすっかり癒やされて完全に解き放たれた状態だ。「ラヴ・イズ・エンバラシング」では自分を笑い飛ばし、GO-GO’S的な「バッド・アイディア・ライト?」では厄介なことに手を出す余裕を見せ、「ゲット・ヒム・バック!」では復讐(ふくしゅう)を企てるというよりむしろ楽しんでみせる。本作はアンセム満載の、楽しく飛ばすドライブにぴったりなアルバムであり、聴けばすぐにとりこになる一連のポップソングからは彼女がオーディエンスと直接向き合うときの表現を模索しながらステージを重ねてきたことが分かる。「レコーディング音源から伝わるものが、人でいっぱいのライブ会場でも伝わるとは限らない」と彼女は言う。「このアルバムはツアーを意識して作ったところがあると思う」 それでもリアルな弱さ、つまりロドリゴが最初から強い共感を呼んだ理由ともいえる細やかで辛辣(しんらつ)な感情表現はここでも健在だ。「メイキング・ザ・ベッド」では懸命に冷静さを保とうとし、「ロジカル」では正しい答えを奪われ、壮大な「ティーンネイジ・ドリーム」では希望と自分自身を探し求めている。再び一人でピアノに向かい、裏切りの意味を理解しようともがく「ザ・グラッジ」は、徐々にスピードと高度を上げながら、どの音もこれまでの、いわば「drivers license」のスタイルよりもヘヴィになっている。だがその一方で「許すには強さが必要だけど、自分が強いとは思えない(it takes strength to forgive, but i don’t feel strong)」と歌い、反応が欲しいときは簡単には言えないような告白もしてみせる。振り返って考えてみると、このアルバムのテーマは「大人になって、この世界での居場所や、なりたい自分を見つけようとするときの戸惑い」だと彼女は言う。「それって誰もが一度は経験したことがあるんじゃないかと思う。その幻滅から立ち上がっていくだけ」。以下、ロドリゴが『GUTS』から選んだ数曲を解説する。 オール・アメリカン・ビッチ これまで作った曲の中でお気に入りの一つ。歌詞が大好きで、抑圧された怒りや混乱した気持ち、女の子っていう枠にはまろうとするとか、15歳の頃から書こうとしてきたことがちゃんと言葉になっていると思う。 ヴァンパイア (2022年の)12月にピアノで、すごくリラックスして作った曲。その後1月にダン(Dan Nigro)と一緒に完成させた。昔からずっと、夢中になるのはすごくダイナミックな曲だった。私が好きな曲には強弱があって、引き寄せては吐き出し返すみたいな感じがある。だから最初から最後までクレッシェンドの曲を作ってみたくて、状況に対して積もり積もった怒りを表現してみた。 ゲット・ヒム・バック! ダンと一緒にニューヨークのElectric Lady Studiosにこもって、一日中曲作りをしていた。出来上がった曲が気に入らなくて、完全にまいってしまった。「どうしよう、曲が書けない。下手くそなんだ。もうやりたくない」って感じで。すごくネガティブになった。それからいったん休憩して、戻ってきてから作ったのが「ゲット・ヒム・バック!」だった。絶対にあきらめちゃだめだってことがよく分かった。 ティーンネイジ・ドリーム 皮肉なことに、これがこのアルバムのために作った最初の曲だった。最後の歌詞はすごく気に入ってて、疑問でアルバムを締めくくっている。「うまくいくってみんなが言う/大人になるにつれてうまくいくって/うまくいくってみんなが言う/そうじゃなかったらどうなる?(they all say that it gets better/it gets better the more you grow/they all say that it gets better/what if I don't?)」って。エンディングっぽいのに、クエスチョンマークでもあって、次にどうなるのかはっきりしない感じのままで終わるところが好き。まだ混乱しているけど、その混乱の終わりというか、最後の疑問みたいな感じがする。

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