

「味わい方がたくさんあるアンビエントアルバムになるといいなと思っています」。サカナクションのベーシストである草刈愛美は、初のソロアルバム『Garden Studies』についてApple Musicに語る。サウンドデザインへの徹底したこだわりで知られるサカナクションの中で、草刈は音響構築の面でも重要な役割を担ってきた。「バンドではイマーシブサウンドの技術を表現に取り入れてきましたが、発展の著しい空間音響表現においてさらに修練を積むべく、自分で先の作品のドルビーアトモスミックスまで手掛ける試みを始めました。その頃、ファンクラブ会報誌でメンバーが個人で取り組みたいことをする企画があり、その一環として自分でアルバムを作ることにしました」。本作につながるもう一つのきっかけが、サウンドアーティストKyokaと楽曲制作の機会を得たことだった。脳科学と音楽の関係性を探求するKyokaとの刺激的なクリエイションの交歓は、草刈の創造性にさらなる火をつけた。 “イチョウの木”を意味する「Ginkgo tree」、地中に広がる世界を描く「Under the soil」など、自然をモチーフにした7曲。「アルバムとしてまとめる中で、植物や水や生き物の気配のある、抽象的な意味での“庭”(Garden)を一つの指針としました」。タイトルに“Studies”を加えたのは「バンド活動の合間に進行し、スタジオクオリティの環境ではない部分も多いなど、条件を限った中でイメージを初めて形にすることが、絵画などの習作と近いと考えたため」だと語る。そしてリスナーにはそれぞれの感じ方で自由に楽しんでほしいと言う。「比較的楽曲性が高く、あまり退廃的でない作品を選んだので、これまでアンビエントに親しみのなかった方も、音楽における抽象的な表現を感じる面白さに出会っていただけたらうれしいです」。ここからは草刈自身に全曲の解説をしてもらおう。 Sound of a pier マルチチャンネルライブイベント「ウカブオト~Superposition~」での楽曲の一つ。2020年の「SAKANAQUARIUM 光 ONLINE」のオープニングSEにあった、一つの音色から着想を得ています。なので、この曲のキーもその時の1曲目と同じF。とても音の通りが良いサイン波のような音を、配置が認識しやすい音として浮かばせながら、親しみのあるギターなどで曲を構成しました。リラックスしながら音像の遊びを感じられる、導入のために作った曲です。ギターは、母のYAMAHAのアコースティックギター。遠くから聞こえるシグナルに人の気配を感じることが、かえって身近の不在を感じさせるような、とある自然の残る埠頭(ふとう)の風景を重ねながら、『Garden Studies』の1曲目としてまとめていきました。 Icy 10年ほど前に作っていた曲を基にしました。空間オーディオに挑戦するのに最もちょうど良い作品だと思って、古いハードディスクからデータを抜き出してきました。一音一音の配置や距離を色々と試せたのが興味深かったです。凍てつきや、静けさ、霜や氷、広い地、そこに注がれる陽の光や、そこに生きる人が拠り所とするさまざまな温かさなど。育った北海道札幌の景色と、その時手に入れて間もなかったフェンダーローズのための一曲。 Ginkgo tree 最後に追加した曲です。「庭」をイメージの一つとしてアルバムをまとめていく中で、木、それも大きな幹があればいいなと思っていたところに、故郷から見事に紅葉した大きなイチョウの写真が届きました。脆さを忍ばせながらも、想像を超える生命力で毅然と静かに立ち続ける。そんな人里に残された大木の姿を思いながら、一部のシンセサイザーの音程はあえてチューニングせずに作りました。曲順に含めた時、もう少しクリアに描きたくなってピアノを最後に録音。語りすぎるようで無くそうか迷いましたが、アルバムを通しての敷居を上げすぎないため、残しました。エンジニアさんが貸してくれたProphet-5の音がたくさん重なっています。 rustle イベント時、Kyokaの関心の一つに睡眠があったため、沈静へのアプローチから作った曲。とてもゆっくりとした曲の中で、水のような音の上にベルやボウルなど金属的で調律されていない音を重ね、聴き手がニュートラルな状態に近づけるようにしました。電気的に生成される音と、物が触れ合って生まれる音の重なり。冒頭の葉擦れのような音から名づけました。 Under the soil バンドのファンサイト(NF member)でのラジオBGMの中から、映像作品「NF OFFLINE -LIVE at Zepp Haneda 2021.07.20-」のメニュー画面にも選んでいただいたモチーフを基に作りました。前曲の「rustle」はこの曲のイントロダクションにあたり、マルチチャンネルライブイベント「ウカブオト~Superposition~」では一曲として演奏しました。アンビエントセクションとビートセクション間の移行の目的があり、双方の要素がある曲です。くぐもりながらも確かなビートやベースなどを、地中での土そのものや生き物、植物の成長や芽生えを前に力を蓄える様子と捉え、整えていきました。音の空間の表現も、広がりだけでなく、閉じたり、また音の近さのような距離感も作れたのが面白かったです。 RainFalls 雨音のような多くの周波数を含む音がわずかな変化のみで継続する、いわゆるアンビエントに分類される音楽に近いものと考えています。「SAKANAQUARIUM アダプト ONLINE」のメニュー画面用の曲が基になっています。低音を多く含めた曲で、ライブではバンドメンバーが貸してくれたMoogのベースシンセサイザーGrandmotherで、深い低音を物理的に他のものが振動するまで出力したり弱めたりする演奏ができました。スピーカーの鳴りを知り尽くしたPAエンジニアの方が低音の鳴りも含めコントロールしてオペレートしてくださったので、安心して思い切り低音の表現ができたことを覚えています。 a Garden マルチチャンネルライブイベント「ウカブオト~Superposition~」のエンディング曲として作成。それまでの緊張感を解きほぐすような、少し肩の力が抜ける曲調を目指して作りました。最もオープンな曲調なのでタイトル曲としてふさわしいと考え、曲名はアルバムと同じく“Garden”。同時に、どこのどなたのものでもあるようにとの思いから不定冠詞に。とても長いアウトロは、ライブでステージ退出後、改めて音と自身に没入していただくために作りました。イベントではエレクトリックベースを一部即興で重ねていたため、最も演奏らしい演奏が少し含まれています。Fender '78 Jazz Bass。自由に演奏できる喜びを感じながら演奏した大切な一行です。