

イングランド、ヒッチン生まれのジェイムス・ベイは、ポップとエレクトロニックミュージックに重点を置いた2作目『Electric Light』の後、2022年の『Leap』では彼にブリット・アワード受賞とグラミー3部門でのノミネートをもたらした2015年のデビューアルバム『Chaos and the Calm』の伝統的なシンガーソングライターのスタイルに立ち返っていた。しかし続く4作目となるこの『Changes All The Time』は、ベイにとってミュージシャンとしての自分を最も完全かつ忠実に映し出すアルバムになった。「これまでずっとギターを弾くことがアーティストとしての自分の核心だった」と、彼はApple Musicに語る。「ギターを持たずにステージに上がることもやってみたけど、あまりに無防備な感じがした。ちょっと回り道をした後で、このアルバムを作るにあたって、これまで以上に何よりも曲を優先して、ギターを曲の中心にしたいと自分に言えるようになった。ミュージシャンとして培った技術や精神がきちんと伝わって、これまでよりレベルアップしたものにしたかった」 『Changes All The Time』がたどる旅は、ソウルフルで素朴な、足でリズムを取りたくなる「Up All Night」から始まる。ノア・カーンとザ・ルミニアーズがゲスト参加したナンバーだ。そしてゴスペル風のサウンドと共に自己を見つめる「Hope」から、ザ・キラーズのブランドン・フラワーズとの共作でロックンロールのドラマを壮大に描いた「Easy Distraction」、アメリカ南部の輝かしいマッスルショールズの精神が熱く燃える「Speed Limit」へと続いていく。これはベイがキャリアを通して影響を受けてきた古典的な名盤の数々に宿る誠実さや熱いミュージシャンシップを集結させたようなアルバムだ。しかしここでの彼は、自分という人間を完全に理解したことで得た自信のおかげで、かつてないほど自分自身をさらけ出せている。「これからも、時が経つにつれて、アーティストとしての自分を掘り起こして、新たな自分を発見し続けていきたいと思ってる。でもそれがどう受け取られるかに関しては、以前よりも気にならなくなった」と、彼は言う。「もっとこう、『このアルバムが僕だ。これが今の自分自身なんだ』って思えるようになったんだ」。ここからはアルバムの全貌がベイ自身による全曲解説で明かされる。 Up All Night (feat. The Lumineers & Noah Kahan) 今作でエンジニアを務めたMark Broughtonが、大半の曲でピアノを弾いてくれた。別の曲のテイクを完成させた後、彼が適当に音を鳴らしていて、僕がギターを手に取って同じものを弾いて返して、他のコードをいくつか加えていくうちに、この曲が生まれ始めたんだ。そこから2時間で曲作りを進めて、その日の夜にレコーディングした。みんなでわいわい盛り上がる感じに聞こえたから、「この曲に誰を誘おうか?」って考えたよ。ザ・ルミニアーズとノア(・カーン)とは長年の知り合いで、ノアはよく僕のライブの前座をやってくれていた。そしてありがたいことに僕たちがレコーディングを終えた後でみんな参加してくれたんだ。この曲にはまったくドラムが使われてなくて、全部足と手でリズムを取っている。 Everburn 僕が書く曲には、パートナーとの関係が関わってるものがたくさんある。僕たちはもう随分長いこと一緒にいて、たくさんの問題を切り抜けてきて、これからも続いていくから、そのことは曲を作る上で常に掘り下げて表現したいテーマになってる。僕の曲は、心理状態を軸に展開していくものばかりだ。自分の人生が外からどう見えるのか分からないけど、他の人と変わらずリアルで、他の人と変わらず障害だらけだ。「Everburn」では、時にはつらいことが起こり得る現実に目を向けてるけど、最終的には、愛はすべてに打ち勝って、強い自分でいさせてくれるんだ。 Hope 昔からずっとゴスペルミュージックに心を動かされてきた。アレサ・フランクリンやレイ・チャールズにはゴスペルのバックグラウンドがあって、僕はこの2人にものすごく大きな影響を受けて育った。僕にとってゴスペルはずっと憧れだったけど、今回初めてアーティストとしての自分にしっくりきて、しかもゴスペルの影響を存分に発揮できる曲が出来たと思えたんだ。この曲ではその感覚とストーリーテリングを組み合わせられて楽しかった。希望を持つというのは、かなり幅広い概念だ。それでも、やっぱり共感できるものだよね。僕はかなり悲観的になるときもあるし、そんな状態との闘いとしてこの曲を書いた。そうしないと打ちのめされてしまうから。 Easy Distraction ブルース・スプリングスティーンは、生まれた時からって言えるくらいずっと大好きだ。父親がスプリングスティーンを好き過ぎて、僕と兄に受け継がせたんだ。僕はこの曲を共作したブランドン・フラワーズの大ファンでもあるけど、彼こそブルース・スプリングスティーンの超大ファンなんだ! ここではそれが最高に輝かしいやり方で表れてる。ああいう音楽に浸れたのは特別なことだったし、本当に素晴らしい体験だった。この曲はあらゆる点で、『Born to Run』時代のスプリングスティーンであると同時に、ザ・キラーズの影響も受けている。 Speed Limit この曲はナッシュビルで、素晴らしきNatalie Hemby(シンガーソングライター/ザ・ハイウィメンのメンバー)と一緒に作った。彼女はこういうサザンソウルサウンドを聴いて育って、ゴスペルやカントリー系の曲をたくさん作っていて、こういうタイプの曲をすごく自然にやってのけるんだ。それは僕も同じで、影響を受けた音楽の大半がアメリカン、つまりカントリー、ブルース、ゴスペル、そしてフォークだから。車でこの曲のセッションに向かう途中、僕はちょっとスピードを出し過ぎていて、その時に考えていたのは自分の娘や家にいるみんなのことだった。それで「I broke the speed limit to get to you...(君に会うためにスピード違反した…)」っていう歌詞をメロディなしで思い付いた。そしてナタリーの家に着いた途端、「ちょっとギターを取ってきて、携帯電話に歌って録音したいものがあるんだけどいいかな?」って言ったんだ。無理することなくなんだか楽な感じでできたナタリーとのコラボレーションを心から誇りに思う。 Talk 曲の中では言えることが、現実ではなかなか言えない。傷付くような目に遭いたくなくて、パフォーマーになる術を身に付けてきた。人前で演奏するのは大好きだし、ただ隠れるためにやってるわけじゃないけど、個人的な状況における個人的なことを人と分かち合うのは、僕にとって曲を書くほど簡単なことではないんだ。この曲の歌詞では不安な気持ちを歌ってるけど、演奏するのはすごく楽しい。例えば、コールドプレイの「Yellow」は苦悩に満ちた曲なのに、それを演奏してる彼らは毎回めちゃくちゃ楽しそうだよね、あんな感じ。 Hopeless Heart これは2、3年前、前作と今作との間に書いた曲。ちょっと間抜けだけど、そこがまたすごく美しいんだ。フリートウッド・マックにインスパイアされたのを覚えてる。ただ心を全開にして大声で歌いたかった。「You tore out my hopeless heart, I never want it back.(君は僕の絶望した心を引き裂いた、そんなものくれてやる)」と口に出すのは、楽しくていい気分だった。胸につかえてるものを吐き出してみたくて、それを表現するために選んだのがそのフレーズだった。時には鬱憤(うっぷん)を晴らすのもいいことだ。つらい目に遭ったけど、実際は、長い目で見れば、それでよかったんだ。 Some People これは最後にレコーディングした曲。ケーブルを全部階段の吹き抜けまで通して、マイクを数本つないでみた。ちょっとLed Zeppelin風にやってみたかったんだ。彼らがドラムキットを階段の吹き抜けに置いて、あの巨大なサウンドを出していたのは有名だからね。そのおかげで、こんなふうにハーモニーを積み重ねて、Fleet Foxesとかクロスビー、スティルス&ナッシュとか、そういう見事なハーモニーのバンドみたいな幽玄な感じを出せた。すべてが削ぎ落とされて、繊細で親密な雰囲気が出てる。すごく忙しくてノイジーなレコーディングセッションの最後にそれをやるのはすごくいい気分だった。アルバム制作を終える前に、最後に息をつくみたいな感じで。アルバムのラスト曲にしてもよかったけど、あえて真ん中に置いて、ハリケーンが猛威を振るう間にこんなささやくような瞬間があるのもいいよね。 Go On この曲にはすごく特別な意味がある。パンデミックが始まった頃、突然家族を一人失った。パンデミックが原因じゃなくて、重度のがんが急に進行して亡くなってしまったんだ。心にぽっかり穴が開いて、それは家族全員同じ気持ちだった。彼を送り出したいと思った。敬礼してこう言いたかった。「どうか無事に、前に進んで、ここから抜け出して。あなたは最高でした。ありがとう。僕たちはあなたを愛してます。幸せを祈ります」って。曲を作ってる時もレコーディングの間も胸がいっぱいだった。 Crystal Clear 画家やフォトグラファーみたいなことをやってみたかった。対象物を今この瞬間に捉えて、それが固定されて、絵や写真を見返す度にその瞬間に戻れるっていう。この曲を書いた時はツアー中だった。親になったばかりで、生活がすごく大変になって、これほど巨大な変化に立ち会おうとする一方で、音楽活動を続けるためには家から離れることも多い、そうなると、不安になって落ち着かなくなる。この曲ではそういう感情や、そんな現実を取り上げようとした。当時の人生のスナップショットだ。 Dogfight これはPhil Plested(ルイス・キャパルディ、Mimi Webb、バスティル、ナイル・ホーランと共作しているシンガーソングライター)と、ホリー・ハンバーストーンと一緒に作った。ホリーは素晴らしくて、彼女のサウンドやアプローチにはすでに時代を超越したところがあるけど、その他の点では新人なんだ。パフォーマーでいることの不安な気持ちは、僕たち2人に共通してる。一人はたくさん経験を積んでいて、もう一人はまだ初めて脚光を浴びた最初の衝撃の中にいるとしてもね。自分らしくいようとするだけでどれほど大変かってことを話してみたら、彼女が、「それは分かる。ドッグファイトみたいな感じがする」って言ったんだ。その言葉が出た途端、始まった。この曲ではプロダクションをいくつか試してみた。ちょっとシンセっぽいところから始まったけど、すぐにこういうアルバムの幕を閉じるような感じでやってみるようになった。この曲のアウトロでは我を忘れるくらい感情が高まった。最後のパートでのバンドの演奏がとにかく最高に素晴らしいんだ。