瞳へ落ちるよレコード

瞳へ落ちるよレコード

コンセプト:「良いものを作るぞ!という気持ちと、楽しんで作ろうという気持ちが、すごく良いバランスで反映されている気がします」。あいみょんは2022年に発表した4作目のアルバム『瞳へ落ちるよレコード』を振り返り、Apple Musicに語る。パンデミックが徐々に落ち着きを見せ、ライブ活動を再開し始めた当時、彼女はアリーナツアーと並行して本作の制作に励んでいた。「全国を巡りながらレコーディングが進み、少しバタバタとした記憶がある」と振り返るが、そんな状況だからこそ、彼女はむしろ遊び心を発揮した。いつも岡山から東京へ来てくれるエンジニアがいるため、「今度は逆に私たちが行っちゃう?」というノリで岡山へ赴いてレコーディングを行うなど、まるで学生時代のようなワクワク感に満ちた制作期間になった。 背景:多忙なスケジュールの中でも伸び伸びと楽しめた背景には、アーティストとしての確かな成長があった。「デビュー1~2年目の頃はとにかく『いい曲作らなきゃ』って必死だったけど、4作目にもなると心の余裕が出てきたのかな」。その余裕は、声の表現力にも直結している。「このアルバムでは曲ごとに結構声色を変えて歌っています。曲の内容やアレンジによって声色を変えられるようになったのも、余裕が出てきたからこそかもしれません。自分にとっての一番のアピールポイントは、まず“シンガーソングライターであること”ですけど、もう一つアピールするとしたら“声”なのかなと思っています」 注目曲:本作の中核を成すのは、あいみょんの真骨頂ともいえる“日常のささいな一コマ”を鮮やかな楽曲へと昇華させるセンスだ。恋愛の終わりを描く「3636」(さんろくさんろく)は実体験から生まれた。「宅配ボックスの“3636”という暗証番号は私の誕生日(3月6日)。ある時なぜか開かないことがあって、これは歌になると思った。歌詞に宅配ボックスが出てくるのは、きっとこの曲が最初で最後だろうな」。デビュー前から親交の深いSundayカミデによるノスタルジックなサウンドが、哀愁漂う歌声を包み込む。「Sundayさんが歌詞を良く理解してくれて、すれ違う男女をイメージして最高のアレンジを手掛けてくれました」 少々やさぐれた歌声でボロボロの心を表現した「ペルソナの記憶」は、キッチンでの失敗から着想を得た。「オムライスを作っていて、ケチャップをかける時にブシュッと飛び散ってしまって。ケチャップが服に飛んだ瞬間に『オムライスの返り血を浴びた』と思って作った曲です。あ、これは失恋の曲になるって」。誰もが経験するイライラや失敗の連鎖をまざまざと描くことで、一歩引いて俯瞰(ふかん)させてくれる。それは「日常生活は音楽のヒントだらけで、感受性を殺さずに生きていきたいなぁ、としみじみ思っています」と語る彼女だからこそ到達できる境地だ。 また、リリース当時のインタビューで、あいみょんは「神秘の領域へ」について、「数年後に自分で聴いた時に『ああこれ若気の至りやったな、遊び過ぎたな』と思えるような楽曲になればいいな」と語っている。ギターの真壁陽平に「下手っぽく弾いて」とオーダーしたり、ハモリのコーラスをわざと合わせなかったり、「ちょっとポンコツに、バカっぽくやってみた」と言えるあたりに、まさに楽しむ余裕と共に制作した当時の様子が垣間見える。 一方で、牙をむくような鋭さも忘れていない。「インタビュー」では、あえてほのぼのとしたサウンドで、いら立ちを淡々と歌う。「この曲を作った時、怒っていました。ネットの記事か、SNSの投稿か何かを見て、怒ったというか、悔しかった。デビュー前にも経験したような『みんなにばかにされている、相手にされていない、誰も聴いてない』という感覚で過ごしていた自覚があって。でも、こんなことじゃへこたれない。そう考えてできた曲です」。曲間に本物の取材のような語りを挟んだり、ラストにまばらな拍手を配したりと、随所にシニカルなユーモアが効いている。「リリース当時、取材でインタビュアーの方々に『インタビューしづらい』と言われて面白かった」というエピソードもあり、彼女のお茶目な一面がうかがえる。 アルバムの最後を飾る「愛を知るまでは」について、彼女は「ここで歌う“愛”とは音楽のこと」だと明かす。「音楽からの“愛”を知るまでは死ねない、とこの曲を作った時に思っていました。デビューして10年経った今、人からの愛も音楽からの愛も知ることができたかもしれない。でも逆もまたしかりで、人から出る闇に翻弄(ほんろう)されたりもしました。これからはもっと自分を愛していかなきゃ、と思います」。表現者として生きる所信表明のようなこの曲は、自分だけの何かをつかみたいと願うすべての人の心に火をともす。 最後に:アルバムタイトルは「人の黒目って、レコード盤っぽい」という直感から名付けられた。瞳にコンタクトレンズを入れるように音楽を落とし込み、体の中で響かせたら面白い──そんな自由な発想で作られた本作を、あいみょんは「割と変な曲が多かったので、かっちりするよりは自然と遊べた感じがします」と語る。ここには、アーティストとして急速に進化しながら、自由奔放に突き進む彼女の勢いがそのまま刻まれている。